銀蛇亭贅語 〜 莫扎特(モーツァルト)音盤記

モーツァルトの音盤(CD、DVD等)についてつづる視聴記。随時、推薦盤の紹介もおこないます。

寺神戸亮とモーツァルト(4)【その弐】

  寺神戸亮とモーツァルト(4):指揮者としての寺神戸亮とモーツァルト【その弐】

亭主最愛のオペラ《クレタの王イドメネオ》。“2004年北とぴあ国際音楽祭”で寺神戸は、モーツァルトのオペラ指揮初挑戦としてこの曲を選択しました。諸事慌ただしい時期と重なってしまい、残念ながら実演には接することがかなわなかったのですが、幸いにもライヴ録音が出ております(演奏会形式による公演)。

terakado_idomeneo.jpg

 ■歌劇《イドメネオ》K.366〈1781年ミュンヘン初演稿〉
  [ALM RECORDS:ALCD1074-76](2004・ライヴ)
  *「北とぴあ国際音楽祭」公演(11月12・13日、北とぴあ・さくらホール)


指揮:寺神戸亮 オーケストラ:レ・ボレアード
コンサート・ミストレス:若松夏美
イドメネオ:ジョン・エルウィス イダマンテ:波多野睦美
イーリア:高橋薫子 エレットラ:トゥーナ・ブラーテン
アルバーチェ:畑儀文 大司祭:鈴木准 ほか


総じて寺神戸の指揮は、師クイケンのオペラ演奏に同じく、テンポ、デュナーミク、フレージングなどなど、いずれをとっても表層的な効果のみを狙って、耳目を一驚せしむれば良しとする愚行を冒すことなぞまったくなく、ややもすれば大仰になりがちなセリアから、等身大の人間が織りなすドラマを提示することに成功しております(個人的にオペラ・セリアにあっては、大理石の彫像を思わせる怜悧な演奏も好みなのですが…)。

といっても、寺神戸―ボレアードの演奏が、こぢんまりと大人しくまとまっているだけの演奏だ、といっているわけではありませんよ。それは、寺神戸がこのオペラの主題を“嵐”と捉えていることからもうかがわれます。

モーツァルトは「嵐」をオペラ全体のテーマとして提示する。それは自然界に起こる嵐だけではなく人間の感情の中に巻き起こる嵐、それらをいろいろな姿で描き出し、また交錯させることによって観客は音楽の嵐の中に飲み込まれていく。第1幕第6場のエレットラの激しいアリアから切れ目なく続く合唱の部分を聴くとあたかもエレットラの荒れ狂う心が実際の嵐を引き起こしたかのような錯覚に陥るし、第2幕第3場のイドメネオの有名なアリアは「海の外にも(嵐から逃れてきたのに)、わたしの胸の中にもうひとつの海があり、それは自然の海よりもいっそう悲しいもの」と歌い、まさに人間の内面の海と嵐を表現している。このアリアに限らず、このオペラ全体を「水」「波」「海」「嵐」の表現が支配し、その振幅が大きな感情表現を生んでいる。

このように寺神戸は述べております(「CDによせて」)。実際、上述、エレットラの激昂アリア中のフェルマータにおいては、ティンパニをまるで雷鳴のように轟かせておりますし(後掲ガーディナー盤以上)、そこまでわかりやすい例でなくとも、常に不安の陰がつきまとう当オペラの縮図ともいえる見事な序曲における、指揮・オケ双方の的確な演奏を注意深く聴けば、既に相応の解釈のもとに物語はスタートしていることに気づくはずです。

最後のバレエ音楽まで、オーケストラのすばらしさに感心した演奏でしたが(ちなみにフルートは有田正広!)、全体に合唱はちょっと弱い気がしましたね。第1幕最後の合唱「ネプチューン賛歌」はなかなかよかったものの、何度かの嵐やイダマンテを犠牲に差し出す際の合唱には不満が残りました。

独唱で注目されるのは、やはりタイトルロールのジョン・エルウィスでしょう。声質はイドメネオ向きで、白眉かつ至難のアリア第12曲a(第2幕第3場)でも力演しております。しかし、無理に過剰な装飾を付加しなくともよかったのでは。初稿は既にして装飾的ですし、正確にコロラトゥーラをこなしさえすれば、英雄の威厳と苦悩とを十二分に表現し得るようにモーツァルトは作曲していると思いますよ。

日本の歌手陣も、それぞれに難役を立派につとめておりますが、むしろモーツァルトが心を砕いた重唱が見事でした。名高い重唱である第2幕最後、第16曲の三重唱、第3幕第21曲の四重唱におけるアンサンブルは、指揮・オケともども感心いたしました。

当盤は、日本人を中心とするモーツァルト・オペラ初の音盤ではないかと思われます。それが、さらにピリオド楽器による演奏であり、かつ《フィガロ》でも《魔笛》でもなく、《イドメネオ》であったということは、あらためて強調され、評価されてしかるべきでしょう。当録音を企画し、発売しているのは、コジマ録音でありまして、海外に輸出されているのかどうか知りませんが、ぜひ多くの人に聴いてもらいたいと思います。

そういえば、ピリオド楽器演奏による《イドメネオ》は、案外少ないのですよ。

idomeneo_harnon.jpg
 ■TELDEC:2292-42600-2(1980) 3枚組
  ニコラウス・アーノンクール指揮
  チューリッヒ歌劇場モーツァルト管弦楽団


アーノンクール盤は、既に歴史的録音(?)となっています。良くも悪しくも、今よりももっとアーノンクールらしかった頃の強い主張が徹底しております。アーノンクールをして“ザ・モーツァルト・オペラ”といわしめているオペラだけあって、近々演出もてがけての上演があるらしいのは吉報。一応、ピリオド楽器による演奏としましたが、モダン仕様の楽器にガット弦を張ったり、金管やティンパニに留意したりといった処置による演奏です。

idomeneo_gardi.jpg

 ■ARCHIV:431 674-2(1990、ライヴ) 3枚組
  ジョン・エリオット・ガーディナー指揮
  イングリッシュ・バロック・ソロイスツ


ガーディナーの残したモーツァルト録音の中では特筆すべき演奏。優秀な合唱(モンテヴェルディ合唱団)と強力な独唱陣(イドメネオはロルフ・ジョンソン、イダマンテはフォン・オッター)とに支えられた名盤。

 ■PHILIPS:PHLP-9032-3(1991、ライヴ) LD
  アーノルド・エストマン指揮、ドロットニングホルム宮廷劇場管弦楽団 *ミヒャエル・ハンペ演出


LDのみ。スウェーデンのドロットニングホルム宮廷歌劇場におけるモーツアルト・オペラ・シリーズ(全8集)の1巻としてかつて発売されたもので、オワゾリール・レーベルによるエストマンのモーツァルト・オペラ録音が《魔笛》(92)で終了してしまった(と思われる)現在、一連のライヴのDVD化が待たれます。就中、この《イドメネオ》と《皇帝ティトゥスの慈悲》!

今年の秋10月に、寺神戸はハイドンの歌劇《騎士オルランド》を取り上げる予定だそうですが、定期的にモーツァルトのオペラ、それもセリアを中心とする初期作品に光をあててもらいたいと願っています。なお、朝日カルチャーセンターにおけるレクチャー「モーツァルトのハ短調ミサ曲」(6月25日)を経て、寺神戸はつい先日以下のコンサートを指揮しております。師同様、宗教曲分野での活躍も期待したいと思います。

  《アヴェ・ヴェルム・コルプス》 K.618
  アダージョとフーガ K.546
  《サンクタ・マリア》 K.273
  ミサ曲ハ短調 K.427


    寺神戸亮指揮、レ・ボレアード(コンサート・マスター:ディミトリー・バディアロフ)
    合唱:モーツァルト・アカデミー・トウキョウ、レ・ボレアード
    独唱:懸田奈緒子、波多野睦美、鈴木准、小笠原美敬
    2008年7月2日、紀尾井ホール


以上、「寺神戸亮とモーツルト」と題し、途中シギスヴァルト・クイケンによる最近録音の紹介を挟みつつ、数回に分けて独奏者、室内楽奏者、指揮者としての寺神戸亮について、その音盤とともにまとめてみました。

本日は、“七夕”。新暦では有難みもだいぶ薄れますが、梅雨ながら雲に隙間のある今宵、寺神戸をみならって学芸の上達なぞ星に祈ってみましょうか。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2008/07/07(月) 19:17:21|
  2. オムニバス

プロフィール

KonLon

Author:KonLon
    戊子季春開亭

モーツァルト歴:
    (まだ?)30年
亭  訓:
   文質彬彬

*記事中の一人称「亭主」とは管理人のことです。

  詳しい亭主紹介はこちら

*上掲の画像…
プラハ郊外のベルトラムカ荘にて[2006.9.20]...一応階段中央に写っています...

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