銀蛇亭贅語 〜 莫扎特(モーツァルト)音盤記

モーツァルトの音盤(CD、DVD等)についてつづる視聴記。随時、推薦盤の紹介もおこないます。

寺神戸亮とモーツァルト(3)

   寺神戸亮とモーツァルト(3): 室内楽奏者としての寺神戸亮とモーツァルト

クイケンの新録音についてまとめたことにより、しばらく間があいてしまった当シリーズ。今回は「室内楽奏者としての寺神戸亮」として、3種のモーツァルト録音(年代順)をご紹介しましょう。

いわずとしれた傑作ディヴェルティメント K.563については、既に推薦盤紹介コーナー「文質彬彬(2)」で取り上げ、当録音も亭主推薦盤として紹介済みですから、そちらもご参照ください。

K563_3.jpg
 ■RICERCAR:RIC096080 (1991)
  ディヴェルティメント 変ホ長調 K.563
   トリオ・リチェルカーレ
    フランソワ・フェルナンデス(ヴァイオリン)
    寺神戸 亮(ヴィオラ)
    ライナー・ツィッペリング(チェロ)


久々に聴き直し、その濃厚な節回しを堪能しました。テンポも概して遅めでありますし、けっして刺激的な演奏ではないのですが、(その録音も手伝って)生地の密度を感じさせます。当盤は、楽器や奏法の新旧を超えて、名演ですね。

この曲は、名こそディヴェルティメントながら、それ自体はたいへん精緻な書法で書かれてありますので、各声部ともに主役の技量が求められます。かつ、主従を奏し分けるバランス感がないと今度は大味な演奏になりかねません。難し曲ですねえ……満足のゆく音盤になかなか出会えないわけです。

フランソワ・フェルナンデスは12歳からバロック・ヴァイオリンをはじめたクイケンの愛弟子。師の信頼も厚く、クイケン弦楽四重奏団の第2ヴァイオリニストでもあります。ガンバも奏し、ピリオド系弦楽器演奏の俊英といえましょう。

クイケン弦楽四重奏団で演奏するフェルナンデスやそれと共演する寺神戸は、もう少し禁欲的な感じがしますよね。しかし、ここでの二人はずいぶんと大胆であり、それが当楽曲のスケールの大きさを表現するのにかなり貢献しているように思われます。当盤が評判となっているとは寡聞にして知りませんが、もっと聴かれてよい演奏です。

この演奏を聴くと、寺神戸―フェルナンデス競演による弦楽二重奏曲K.423・424が聴きたくなります。ぜひ後述するFLORAレーベルで実現させてほしいと思います。参考までに、他のピリオド楽器による音盤を挙げておきましょう。なかでの推薦盤はありません。

     亭主架蔵のピリオド楽器による音盤 ※推薦盤なし
  ヤープ・シュレーダー盤 (VIRGIN、90) *Vcはヤープ・テル・リンデン
  ラルキブデッリ盤 (SONY、90) *Vcはアンナー・ビルスマ
  アレア・アンサンブル盤 (CREMONA、02)

quintet_kuijken.jpg

 ■DENON:COCQ83694-96 (1995〜1999)
  弦楽五重奏曲全集(全6曲)
   寺神戸 亮(Va)
   クイケン弦楽四重奏団


師率いるクイケン弦楽四重奏団に加わっての五重奏曲全集。著名なカルテットがヴィオラを迎えてモーツァルトの6つの五重奏曲を全集録音することは、昔からまったく珍しいことではありませんが、今回、音盤を整理していてあらためて気付かされたのは、ピリオド楽器による演奏で全集化されたのは、なんとこのクイケン弦楽四重奏団+寺神戸盤だけなのですねえ…たぶん。

    亭主架蔵のピリオド楽器による音盤 ★印=推薦盤
  ザロモンSQ盤 (HYPERION、90)★ *第3〜6番
  スミソンSQ盤 (VIRGIN、90) *第1・4番
  レザデュー盤 (HMD、90) *第1・2番
  ハウスムジーク盤 (EMI、91・92)★ *第3〜6番
  ラルキブデッリ盤 (SONY、94) *第3・4番
  アンサンブル415盤 (HMF、94)★ *第3・4番


90年代初頭に録音された上掲諸盤は、いずれも6曲揃っておりません。もちろん、ラルキブデッリ盤やアンサンブル415盤などは、当初から全集化するつもりはなかったように感じられます。しかし、ザロモン盤やハウスムジーク盤は、いくら滅多に演奏されない2曲が残ったとはいえ、予定はあったのではないかなあ…特に前者は。演奏が佳いだけに残念です。ザロモンSQに関しては、《ハイドン・セット》(HYPERION、85・86)の演奏よりお薦めします。

さて、当クイケン盤は、先に出ていた《ハイドン・セット》(DENON、90-92)と基本的に同じ姿勢です。ただ、寺神戸のヴィオラが加わったことで、もっと広がりのある仕上がりとなっています。それはもちろん、曲が《ハイドン・セット》のごとく、ひどく求心的な作品ばかりではない弦楽五重奏曲群である、ということに起因していることも確かでしょうが…。

実は、亭主はクイケン弦楽四重奏団の初来日公演を数回聴いております。1996年4月に来日し、7日間にわたってモーツァルトとハイドンとを演奏(モーツァルトは第16・17・21番、ハイドンは75・77・80番)。亭主は京都と東京の公演を聴きました。

やはりクイケンらしい演奏会でした。派手なパフォーマンスは一切なく(当たり前ですが)、淡々と奏で、ヴァイオリンは歌い、かつ語る……アンコールは、まさしく演奏曲目のなかから再び緩徐楽章を、よりしめやかに繰り返す…。“兄弟と夫妻と愛弟子”の四重奏団にして、はじめてなし得る演奏、そして醸せる雰囲気でした。

こういったものは、録音では伝わりにくいのではないでしょうかね。当盤に対する著名な評論家評には、「物足りない」「大人し過ぎる」「貧弱」「微温的」「小手先」「鈍感」「華や艶がない」といった言葉がこれでもか並んでいましたが、亭主もスタジオ録音盤だけを聴いていたら、一聴してそれに近い判断していたでしょう。特に上述したような特徴を有する弦楽五重奏曲では…。

亭主も正直いって、現在、五重奏を聴く際に好んで選択する音盤ではありません。しかし、今後も時折取り出して聴いてみようと思っています。そのときどのような感慨をもつか、それがその時点で(到達した、とまではいわずとも)位置しているおのが音楽観の、如実な反映のように想うのです。

チェロをつとめるヴィーラント・クイケンが、「この頃の若い人たちの演奏は、マニエリスムにとても毒されている」とどこぞでいっていました。音楽におけるマニエリスムが、単に奇をてらった演奏効果のみを求め、不自然なまでの誇張、技巧をひけらかすものであるならば、それはかえってその世界を貧弱なものへと牽引してしまうでしょう。クイケンたちは、古楽の開拓者として、そのことをもっとも恐れ、かつ憎んでいるのだと思います。

シギスヴァルト・クイケンの長いことばを演奏会パンフレットから引用しましょう…

正真正銘の全き静寂なるものの美――ハーモニーが支配する静寂、ハーモニーそのものである静寂――を私たちにこれほど身近に感じさせることができるのは、弦楽四重奏の古典の傑作においてほかにはないでしょう。

ハーモニー、バランス、そして(なにものにも増して)それを超えては統合性が断ち切られるであろう限界を知ることが、真の古典芸術の主要な構成要素である、そう私たちは考えています。人類がその芸術作品を評価し味わうやり方は変貌を遂げてきましたが、古来折にふれて、これらの要素の統合は永遠の存在を導くと思われる芸術を創出してきました。

表現におけるそのような完璧、そのような精妙なバランスは最後には退屈なものになることがある、という主張もあるでしょう。そうです、近代の騒乱と動揺に飲み込まれた人々には、安息を、ハーモニーを、統合性を味わう能力の多くをついに失ってしまった人々には、そのようにも見えるかもしれません。彼らは、私たち誰しもが心の内に持っている迷宮に迷い込む危険を冒し、そこでは無数の量の魅力よりも、質(唯一の)こそが探し求め慈しむべき中核であるのです。

ハーモニーとバランスは、強い不協和と深い感情とそして個々の表現(私たちが興味深く思い、私たちを退屈から救ってくれる成分)を排除するものではありません。それでいて、これらの不協和と緊張は究極的に平和な宇宙の中に場を得ているのであり、そのもののために陶冶されるわけではありません。

全く同じように、演奏において表現は必要不可欠ですが、それ自体のために、演奏者の名誉のために存立すべきものではありません。作曲者から聴衆に、本源から私たちすべてのものに感情と見識を――知性と心で、しかしまた深い謙遜をもって――伝えるという、私たちの恵まれた立場を(演奏者として)認識しようではありませんか。  1996年3月


terakado_flora1607.jpg ■FLORA:FLORA1607 (2007)
  ピアノ四重奏曲 ト短調 K.478・変ホ長調 K.493
   ボヤン・ヴォデニチャロフ(Fp)
   寺神戸 亮(Vn)
   フランソワ・フェルナンデス(Va)
   ライナー・ツィッペリング(Vc)


K.563から16年を経ての録音。メンバーも、トリオ・リチェルカーレにピアノのヴォデニチャロフを加えた編成であり、いやが上にも期待が高まります。手元に届く前から、「あのトリオにあのフォルテ・ピアノが合わさるのだから、…ム、ム、これはすごそうだ」と想像しておりましたが、落掌一聴、期待に違わぬできばえ。

時を隔ててもトリオ・リチェルカーレの演奏は変わっていませんでした。K.478では短調である分、ゆったりと情熱的な演奏で、いつもの濃密さから妖艶な香りすら漂います。第1楽章は、さらっと軽めの表現が多いピリオド楽器演奏諸盤と比較して最遅でしょう。

亭主がK.478演奏で最重要とみなす第1楽章展開部の重層構造は、シュタイアー―レザデュー盤ほどではないにしても、まずまずということで合格。佳演であることがすぐに伝わるタイプの演奏ですので、寺神戸最新のモーツァルト録音として亭主安心してお薦めいたします。

良質な音盤を提供してくれるFLORAレーベルですが、なんとホームページからサンプルが聴けます。もちろん当盤……それもK.478の第3楽章すべて! だったのですが、ただ今確認したところ、ホームページがなくなっておりました。移転したのかね。FLORAで、フェルナンデスはヴォデニチャロフと組んでモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集を録音しており、これも同時に発売されました。これまたお薦め。

VS_fernandez.jpg


 フェルナンデス―ヴォデニチャロフ
 ヴァイオリン・ソナタ集

最後に、ピリオド楽器によるピアノ四重奏曲諸盤とその推薦盤を紹介しておきましょう。

    亭主架蔵のピリオド楽器による音盤 ★印=推薦盤
  マルコム・ビルソン & イングリッシュ・バロック・ソロイスツ団員盤 (ARCHIV、87)
  リチャード・バーネット & ザロモンSQ盤 (AMON RA、87)
  スティーヴン・ルービン & モーツァルティアン・プレーヤーズ盤 (HMF、89)★
  アンドレアス・シュタイアー & レザデュー盤 (DHM、90)★
  パウル・パドゥラ=スコダ & フェステティーチSQ盤 (ARCANA、93)
  バルト・フォン・オールト & ヤープ・テル・リンデン他盤 (BRILLIANT、98)


さて、当シリーズの最終回は、「指揮者としての寺神戸亮とモーツァルト」と題し、手勢レ・ボレアードとのライヴ録音について紹介し、全体のまとめといたしましょう。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2008/06/25(水) 20:26:58|
  2. オムニバス

プロフィール

KonLon

Author:KonLon
    戊子季春開亭

モーツァルト歴:
    (まだ?)30年
亭  訓:
   文質彬彬

*記事中の一人称「亭主」とは管理人のことです。

  詳しい亭主紹介はこちら

*上掲の画像…
プラハ郊外のベルトラムカ荘にて[2006.9.20]...一応階段中央に写っています...

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