ギュンター・ヴァントのモーツァルト(その1) 春の野に すみれつみにと来し吾ぞ 野をなつかしみ 一夜ねにける 山部赤人
(『萬葉集』巻八)
野の草を摘むという行為は、実は神事であって、“予祝”を意図する宗教的行為なのですよ。うららかな今日、野辺にてスミレを手折ってみました。
ここ数日暑いくらいの連休、いかがお過ごしでしょうか。今年、亭主はゆるりとまとまった音盤を“聴破”しようと思います。普段なかなかに聴き通せないオペラのCDやDVDを視聴するのもよいのですが、何かテーマを決めて聴き込む、というのもオツなものですな。
今回は、このところ(いまさら)気になっているギュンター・ヴァントのモーツァルトについて少し…
ヴァントといえば、日本ではブルックナー指揮者として、その晩年を中心に熱狂的支持を得ましたけれども、彼のモーツァルトは…、といえば北ドイツ放送響との三大シンフォニー(下掲)と《ハフナー・セレナード》(89、BMG)、《ポストホルン・セレナード》(01、BMG)が国内発売されたくらいで、“ヴァント=モーツァルト”の図式は当然のごとく生まれず、また日本の愛好家もそんな図式をそもそも欲してはいなかったわけですね。《ハフナー》発売のおりは、某誌に「珍しいヴァントのモーツァルト」なんて書かれていましたもの…。
■BMG:BVCC37208
*入手可能なRCA RED SEAL BEST100シリーズ
交響曲第39番(1990年録音)
交響曲第40番(1994年録音)
交響曲第41番(1990年録音)
ギュンター・ヴァント指揮、北ドイツ放送交響楽団しかし、ヴァントの将来を決定づけた少年期の原体験にモーツァルトの《魔笛》があり、終生最愛の作曲家がモーツァルトであったことを知るにおよべば、これは捨ておけませんよ。第一、彼のブルックナーを聴けば、これはもうモーツァルトにもふさわしいバランス感覚の持ち主だと一聴理解できます。実際、音盤として国内発売されていなかっただけで、ヴァント自身は昔から盛んにモーツァルトを演奏会で取り上げていたのです。
とはいえ、わずかながら国内発売された三大シンフォニーのライヴは、BMGの録音が悪いですよね。ヴァントがモーツァルト演奏でも気をつかっているバランスの妙を、ことごとく塗りつぶしているようなところがあり、ふつうに聞き流すとそのあたりがよく聴取できず、凡演だと感じる可能性大なのです。亭主も上掲盤については、一聴して棚の片隅に追いやったままにしておりました。
実は、最初に聴いたヴァントのCDは、確か既述90年秋発売の《ハフナー・セレナード》だったのですが、その頃は亭主の方がまったくもって未熟でありまして、大学生協で2割引購入したまま、しばらくは封も開けないという扱い。大編成の演奏に嫌悪を感じて、深く聴かないまま死蔵してしまったのでしょう。
亭主も大学生時代は、かなり尖っており、漢語風に云えば圭角鋭く…まあ、要は単にツンツンしておったわけですが…、ワルターやベームを古臭いと切って捨て、アバトやムーティを若造めと言い放ち、カラヤンをケロヨンと嘲り、ドイツ・グラモフォンやデッカのメジャー・レーベルCDなんぞ買うものか、商業誌を焚書しろなどと高らかに宣言しておりましたよ。
学内の音楽愛好サークルを敵にまわしつつ、夜な夜な一杯ひっかけながら一部の同志と熱く音楽について語りあっていた過激なモーツァルティアンは、アーノンクールを信奉し(今でも好きですが)、モダン楽器で真のモーツァルト演奏はできない、と本気で信じていた時代ですからねえ、「ヴァントのモーツァルトだって?…しゃらくせえっ!」なぞとほざいていたかもしれませんね…いや、絶対に(嗚呼、恥ずかしい…)。
今の亭主はそんなんじゃあありませんが、しかし、聴き返すきっかけでもなかったら、おそらく“ヴァントのモーツァルト”という言葉はずっと口にはのぼらなかったでしょうねえ。
そんななか、ドイツから初出のライヴGünter Wand Editionが陸続出始めたのです。従来、海賊盤としては知られていた録音も含まれますが、今回はもちろん正規音源によるもので、音質明瞭なことは比ぶべくもありません。
レーベルはPROFIL。あのHänsslerの社長だったギュンター・ヘンスラーが退社後(2004年)に設立したレーベルです。おそらく要所に顔が効くのでしょうね、西ドイツ放送やバイエルン放送のアーカイヴから良質の音源を発掘し、丁寧にリマスタリングしております。既に20枚以上は出ていると思いますが、亭主が購入したモーツァルト関連の音盤は以下の5枚です。いずれも60年代後半、ケルン放送交響楽団の指揮者だった時代以降のライヴ録音です。その前に、ちょっとヴァントの基本情報を…
ギュンター・ヴァント(1912-2002)。マルケヴィッチ、チェリビダッケ、ショルティと同年の生まれですね(へえ、ショルティと…違えば違うもんだ)。1939年ケルン歌劇場の指揮者就任(《魔笛》の成功がきっかけ)、大戦後ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団、ケルン放送交響楽団を率い、主にケルンを拠点に活動、1982年にハンブルクに移り北ドイツ放送交響楽団の指揮者に就任、90年に勇退するも最後まで演奏継続。なぜか晩年、日本で人気沸騰。

■PROFIL:PH04053 *Günter Wand Edition Vol.1
セレナード ニ長調 K.250《ハフナー》全曲
コンサート・アリアK.528「愛しい人よ、さようなら」
バイエルン放送交響楽団、エディト・ヴィーンス(ソプラノ)
録音:1982年5月21日、23日、ミュンヘン・ヘラクレスザール《ハフナー》は北ドイツ放送響とのスタジオ録音(89、BMG)に先立つ演奏。First Classicsから海賊盤(FC125)が出ていましたが、音質は断然今回の盤が良いです。
バイエルン放送響の弦、そして木管群の響きに魅了されます。ヴァントはこの曲、《ポストホルン》と並んでかなり好きだったようですね。ケルン時代から3種の録音が知られています。
■PROFIL:PH05006 *Günter Wand Edition Vol.6
セレナード ニ長調 K.239《セレナータ・ノットゥルナ》
北ドイツ放送交響楽団
録音:1990年5月、ハンブルク
フルート協奏曲第1番 ト長調 K.313
北ドイツ放送交響楽団、ヴォルフガング・リッター(フルート)
録音:1988年12月、ハンブルク
セレナード ニ長調 K.320《ポストホルン》
バイエルン放送交響楽団
録音:1978年12月、ミュンヘン・ヘルクレスザール各々海賊盤はありましたが、正規音源盤としては初出でしょう。音質は極めて優秀で、ヴァント特有のバランスをリアルに伝えております。
《セレナータ・ノトゥルナ》は、小品ながら80歳近いヴァントが楽しそうに指揮している姿が髣髴とする演奏です。モーツァルトの《ドイツ舞曲》も好きな人ですからねえ(BMGに録音あり)。第1ヴァイオリンの歌い回しが、少々甘ったるいのですが、オケ全体の響きはよいですよ。第3楽章における各楽器による即興アインガングはありません(残念ながら…)。
フルート協奏曲は、ちょっと驚きました。フルートの音色が派手すぎず、ヴィブラートも控えめでたいへんに佳いのですが、ヴァントの指揮がすごい! 伴奏音型のうちでもここまで内声を聴覚可能せしめるとは…(録音の関係か)。他の指揮者がやったら、かなりアザトイでしょうねえ。
《ポストホルン》は、この曲にそれが必要か否かはともかくとして《ハフナー》同様、風格と若々しさとを両立させた名演。北ドイツ放送響盤よりも必聴盤です。
■PROFIL:PH05043 *Günter Wand Edition Vol.11
《聖体の祝日のためのリタニア》 変ホ長調 K.243
バイエルン放送交響楽団・合唱団、マーガレット・マーシャル(ソプラノ)
録音:1982年1月21日、ミュンヘン・ヘラクレスザール
コンサート・アリア「みじめな私、ここはどこ」 K.369
コンサート・アリア「愛しい人よ、さようなら」 K.528
ケルン放送交響楽団、マーガレット・マーシャル(ソプラノ)
録音:1980年6月13日、ケルン
歌劇《フィガロの結婚》序曲 録音:1969年9月13日
歌劇《コシ・ファン・トゥッテ》序曲 録音:1968年10月2日
歌劇《魔笛》序曲 録音:1968年2月3日
ケルン放送交響楽団、ケルンこのリタニアを演奏したあたり、ヴァントが相当のモーツァルティアンである証左となりましょう。この曲としては亭主にはかなり重い演奏ですが、聴き込んでしまいました。就中Pignusにおける二重フーガの処理はさすが! この大編成・大合唱でこの見通しのよさ…、並の棒裁きではかないません。
プラハで作曲されたコンサート・アリアの白眉K.528は、ヴァントお気に入りだったのでしょうね。上掲Vol.1にもバイエルン放送響との録音(82年)が入っています。ヴィーンス盤は熱唱系、当盤のマーシャルはもっと可憐な歌声で、魅惑されます。ヴァントの伴奏は懇切で、10分間まったく手を抜いていません。ここまで深い曲だったかあ…。
ケルン放送響との序曲3種は、寡聞にしてヴァントのモーツァルト・オペラ録音を知らない亭主には貴重ですが、もうひとつといったところでした。
■PROFIL:PH06001 *Günter Wand Edition Vol.14
《主日のためのヴェスペレ》 ハ長調 K.321、他(ベートーヴェン)
ケルン放送交響楽団・合唱団、ブリギッテ・デューラー(ソプラノ)
録音:1968年11月22日、ケルンこれまた同じヴェスペレでもK.339の方でないところが通ですなあ。演奏は、上掲リタニアほどではありませんね。むしろカップリングのベートーヴェン・ハ長調ミサ曲が名演。
■PROFIL:PH06005 *Günter Wand Edition Vol.16
ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 K.466、他(リヒャルト・シュトラウス)
ケルン放送交響楽団、ルドルフ・フィルクスニー(ピアノ)
録音:1969年9月13日、ケルンカップリングは、ヘルマン・バウマン独奏によるリヒャルト・シュトラウスのホルン協奏曲第1番で、これは快演。期待したフィルクスニーとのニ短調コンチェルトは、それが大きかったせいかさほどではありませんでした。
むしろピアノ協奏曲であれば、北ドイツ放送響でツァハリスの伴奏をした下記のライヴ録音の方が、あまり知られていませんが佳演でしょうね。
■ピアノ協奏曲第24・27番 [EMI:7243 5 72171 2 5]
クリスティアン・ツァハリス(ピアノ)
ギュンター・ヴァント指揮、北ドイツ放送交響楽団(1986)
*左掲ツァハリスの全集盤所収。
CD単売はないように思います(LPはありました)。以上、順次寸評を加えてきましたが、残念なのは、このシリーズにモーツァルトのシンフォニーが一曲も入っていないことなのです。BMGの上掲盤がいまひとつだけに、もちろんヴァントのモーツァルトをよく知った上で聴き直せばこれはこれで立派ではあるのですが、やはり80年代前後、バイエルン放送交響楽団とのライヴ演奏が聴きたいですねえ…残っていないのかなあ。請発掘、ギュンター・ヘンスラー殿!
ところが、その欲求をいくばくか癒す代物が存在するんですな。
次回「ギュンター・ヴァントのモーツァルト(その2)」では、60年代初頭のモーツァルト録音を取り上げたいと思います。
※情報追補しました。少々長文になったので、別頁に掲載。5月6日の記事をご参照ください。 亭主テーマ:クラシック - ジャンル:音楽
- 2008/05/01(木) 19:54:21|
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