文質彬彬(8) ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216
《ピリオド楽器演奏10種》亭主、近日に転居をくわだてておりまして、更新遅滞しております。さて、久々の《文質彬彬》です。
マリア・テレージアの息子、マクシミリアン・フランツ大公は、1775年春にザルツブルクを訪れました。大司教は、その歓迎のためのオペラをモーツァルトに依頼することとなります。それが《牧人の王》K.203として知られる2幕の簡易な音楽劇です(いまだ決定盤なし)。
その第1幕で歌われる羊飼いアミンタの田園賛歌アリア「穏やかな天気と晴れた日々は…」の主題を用いて同年に作曲された曲が、ヴァイオリン協奏曲 ト長調K.216、旧全集第3番なのです。
後世はびこることとなる技芸重視の大仰なコンチェルト群とは、明らかに一線を劃する曲ですが、2管という簡素な編成の割には随処に工夫のみられる佳曲といえましょう。しばしば牧歌的といわれる楽想を基調とし、管楽器ともども充実した第1楽章、パストラーレを濃厚に醸すアダージョ楽章(森泰彦氏は木蔭としての“オンブラ”とみなす)、“シュトラスブルガー”なる民謡旋律まで引用するフランス趣味ポ・プリ風の終楽章と、おのおのに楽しみの詰まった協奏曲です。曲の最後も“バンッ”とやらずに、ふわりとかわすところなぞも粋なものですね。
こうした諸要素は、近代型コンサートにあっては効果を発揮しないばかりか、むしろマイナスなのでしょうが(特に曲の終わり方)、それでもけっこう演奏会で取り上げられるのですから、相応の魅力は伝わっているのでしょうか。モーツァルトの、たとえばピアノ・ソナタ群に同じく“弾けてなんぼ”の楽曲ではないので、ヴァイオリニストの試金石ともいえますし、弾くほどに味わいが深まるようで、歴代の大御所も、その良し悪しはともかくもみな演奏・録音しております。
今回は、リクエストに応え、最近この分野でもようやくよい演奏が出始めてきたピリオド楽器による演奏からの推薦盤紹介とまいりましょう。以下、架蔵の音盤から10種を選んでみました。
■サイモン・スタンデイジ盤 [L’OISEAU-LYRE:433 045-2](1990)
クリストファー・ホグウッド指揮、アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック *2枚組全集。第1〜5番、ロンドK.296・373、アダージョK.261収録。
■ステファニー・チェイス盤 [CALA:CACD1014](1992)
ロイ・グッドマン指揮、ハノーヴァー・バンド *第5番、協奏交響曲K.364収録。
■モニカ・ハジェット盤 [VIRGIN CLASSICS:VC5 45060 2](1993)★
モニカ・ハジェット指揮、エイジ・オブ・エンライトゥンメント・オーケストラ *第4番、アダージョK.261、ロンドK.269収録。のち2枚組全集化。
■シギスヴァルト・クイケン盤 [DENON:COCO78837](1995)
シギスヴァルト・クイケン指揮、ラ・プティット・バンド *寺神戸亮と弾き分けて全集化。詳細は、「寺神戸亮とモーツァルト(2)」参照。
■ジュリアーノ・カルミニョーラ盤 [BRILLIANT CLASSICS:92884](1997)
カルロ・デ・マルティーニ指揮、イル・クァルテットーネ *2枚組全集。第1〜5番、ロンドK.296・373、アダージョK.261収録。
■ミドリ・ザイラー盤 [ZIGZAG TERRITOIRES:ZZT051001](2004)
ジョス・ファン・インマゼール指揮、アニマ・エテルナ *第2番、交響曲第29番収録。
■ファビオ・ビオンディ盤 [VIRGIN CLASSICS:0946 3 44706 2 9](2005)▲
ファビオ・ビオンディ指揮、エウロパ・ガランテ *第1・2番収録。通奏低音はフォルテ・ピアノとギター。
■アンドリュー・マンゼ盤 [HMF:HMU907385](2005)★♪
アンドリュー・マンゼ指揮、イングリッシュ・コンサート *第3・5番収録。
■ヨハネス・レールタウアー盤 [CHALLENGE CLASSICS:CC72155](2005)★
ヨハネス・レールタウアー指揮、ラ・ボレア・アムステルダム *2枚組全集。第1〜5番、ロンドK.296・373、アダージョK.261収録。
■ジュリアーノ・カルミニョーラ盤 [ARCHIV:477 7371](2007)
クラウディオ・アバド指揮、オーケストラ・モーツァルト *2枚組全集。第1〜5番、協奏交響曲K.364収録。
スタンデイジは1941年生まれですから、70歳になんなんとするのですね。ケンブリッジ大学で音楽を修めた後、オランダ室内管(シモン・ゴールトベルク指揮!)やイギリス室内管に在籍し、72年に至ってトレヴァー・ピノック創設のイングリッシュ・コンサートにコンサート・マスターとして加わり、翌年にはクリストファー・ホグウッドのアカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックにも参加しております。オランダやベルギー系の古楽奏者に相違し、いかにもイギリスの演奏家といった風で、その、いわば“安直さ”に手厳しい批評も多いのですが、今回かなり久々にそのコンチェルトを聴きかえして、おっとりした演奏にあんがい好感がもてました。
同じイギリス出身でも、ハジェット(ハゲットとも)は、ずっと深みのある演奏をします。これは、トン・コープマンに請われて、アムステルダム・バロック・オーケストラに首席としてその結成時に加わったことと無縁ではないでしょう。よく軽薄な演奏とされることの多いコープマンですが、亭主はまったくそのように思いません。まあ、それはともかく、ハジェットは、オケではハノーヴァー・バンド、アンサンブルではロンドン・フォルテピアノ・トリオ(ピアノはリンダ・ニコルソン!)やトリオ・ソネリー(「フルート四重奏曲全集」は特選盤)を結成し、ソロ活動ともども精力的な活動を展開してきました。今回そんなハジェット盤に“針”が及ぶと、ああ、前2者よりもずっと緻密な演奏だな(前奏からしてずっと佳い)、と強く感じますね。近年陸続登場してきた当分野のピリオド楽器演奏にあっても、いまだ色褪せていない名演といえましょう。
カルミニョーラは、なんと2回も全集を録音しています(97年と07年)。あのアバトがピリオド楽器オケを振って伴奏を務めた新盤が話題のようですが、伊PARAGON原盤の廉価盤である旧盤の方がずっと腰の据わった演奏ですね。どちらも亭主の好みからは離れているものの、安価な旧盤は一聴の価値ありです。ちなみに旧録音での使用楽器は、Pietro Guarneri.1733、新録音での使用楽器は、Stradivarius.1732。旧録音の伴奏イル・クァルテットーネは、1987年、カルロ・デ・マルティーニによって創設されたイタリアの団体です。
アニマ・エテルナ首席、ザイラー盤は期待していたのですが、既発売、インマゼールとのヴァイオリン・ソナタ集(ZZT021001)ともどもいまひとつでした。
奇しくも同じ2005年に録音された3種の盤は、三様の演奏でいずれも掬すべきもの。一聴して瞠目、…ならぬ瞠耳せしむる奇演はビオンディ盤。通奏低音にフォルテ・ピアノはともかく、ギターが入っていて、異様な音響を醸していますが、だんだんに飽きてくる演奏ですね。むしろ、カップリングの第1番の方がビオンディのスタイルに合っているでしょう。彼のハッタリがよい効果を上げています。いずれにしても、シギスヴァルト・クイケンが聴いたら嘆息しきりといったところ(「寺神戸亮とモーツァルト(3)」に引用のクイケンの言葉参照)。
それにひき替え、マンゼ盤は聴くほどに佳いですねえ。既発売のヴァイオリン・ソナタ集(HMU807380)以上の出来でしょう。曲想のもつ開放的性格とモーツァルト作品のもつ求心的性格とが絶妙に両立していて、まったくお見事。《トルコ風》も名演で、ぜひ協奏交響曲を含めた全集化を強く、強く望みたいです。
同じく、レールタウアー盤もなかなかの演奏。マンゼ盤よりもずっと渋いながら、ゆったりと声高に叫ばない音色にほどよい味わいがあります。ヨハネス・レールタウアーは1959年オランダ生まれ。もとは、かのヨセフ・スークに師事したようですが、バロック・ヴァイオリンに主活動を移し、アムステルダム・バロック・オーケストラ、アニマ・アテルナ、オランダ・バッハ協会管弦楽団の首席クラスを歴任、90年には当盤で伴奏を務めるラ・ボレア・アムステルダムを結成しています。なおコンサート・ミストレスは山縣さゆり。
以上、慌ただしく紹介いたしました。もちろんモダン楽器によるすばらしい演奏も多数あります。しかし、技術や音量、大仰な旋律に寄りかからないモーツァルトのヴァイオリン協奏曲にあっては、クラヴィーア協奏曲以上にピリオド楽器による演奏こそがより好ましいように思われます。
最後に優れたモーツァルト研究者、森泰彦氏のジャンル解説を引用しましょう(クイケン・寺神戸「ヴァイオリン協奏曲第5・4番」[DENON:COCO80380]の「作品解説」)。
モーツァルトは、後に他のジャンルでもそうしたように、この3曲[第3〜5番]をもってヴァイオリン協奏曲という分野から決定的に遠ざかった。あたかもこの曲種でやることはすべてやってしまったとでもいうように。実際、モーツァルト父子の考え方と反対に、ヴァイオリン協奏曲というジャンルは、楽器や弓の変化と歩調を合わせて、カンタービレや音楽性ではなく、名技のための名技を追求する方向をますます強めていったのだ。テーマ:クラシック - ジャンル:音楽
- 2008/07/16(水) 21:51:13|
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