シギスヴァルト・クイケンによる最新(2000’ s)モーツァルト演奏5種(その2)本日、こちらも梅雨入りしました。バイウは“黴雨”とも書くように、見えないものが旺盛となるころでもあり、人間には少々鬱陶しいですが、戸外への欲求が抑えられる分、音盤謹聴にはもってこいかもしれませんね。さて、続きを…
■AMATI:ami2301-3(2004年7月2・4日、ライヴ)★★ *SACD
歌劇《魔笛》 K.620
イゾルデ・ジーベルト(夜の女王)、スージー・ル・ブラン(パミーナ)
クリストフ・ゲンツ(タミーノ)、コルネリウス・ハウプトマン(ザラストロ)
シュテファン・ゲンツ(パパゲーノ)、マリー・クイケン(パパゲーナ)他
シギスヴァルト・クイケン指揮、ラ・プティット・バンド《コシ・ファン・トゥッテ》(ACCENT、92)、《ドン・ジョヴァンニ》(ACCENT、95)、《フィガロの結婚》(ACCENT、98、以上いずれもBRILLIANTから再発)と、数年おきにモーツァルトのダ・ポンテ三部作をライヴ録音してきたクイケンが、ついに《魔笛》を手がけました。

*上掲盤、左より《コシ・ファン・トゥッテ》、《ドン・ジョヴァンニ》、《フィガロの結婚》
いずれ亭主にもその佳さがわかるときが来るのでは、との予感はあるものの、これまでしっくりと来ず、たいがい途中で放り出していたクイケン指揮のオペラ。しかし、今回の《魔笛》は意外に聴き通せました。2004年ボーヌ国際バロック・オペラ音楽祭におけるライヴ演奏ですが、拍手などをきれいにカットして(しまって)いるので、残響が多い割にはライヴの感興はありませんね。
話題となったのは、まず前回述べたゲンツ兄弟がタミーノとパパゲーノとなったこと。つまり第2幕を中心にこの兄弟二人でのやりとりが多くなるわけです(そうした状況が観客にウケている雰囲気はあまりつかめません)。
また、なんとクイケンの娘さんマリー・クイケンがパパゲーナになっています。解説によるとマリーはヴェロニカと姉妹とのことなので、ヴィーラントの娘さんかなあ(シギスヴァルトの娘となっている記事もあり)。今回の演奏では、ヴェロニカ・クイケンは第2ヴァイオリン、シギスヴァルトの娘サラ・クイケンは第1ヴァイオリンを弾いております。
もしや、曲が曲だけにフラウト・トラヴェルソをバルトルド・クイケンが…、と期待しましたが、それはありませんでした。それでもクイケン一家畏るべし。ちなみに、相変わらずラ・プティット・バンドには日本人も多く、メンバー表を見る限り6人が参加していますね。
演奏としては、実はクリストフのタミーノを含めてかなりの歌手陣が弱体で、本来ならば聴いていられない駄演となる可能性大なのでしょうが、元来、ジングシュピール《魔笛》は宮廷歌劇場ではなく、場末の小屋とまではいわずとも郊外劇場での歌芝居でしょうから、ちょっと素人臭いくらいが、朗々と大仰に歌いまわすよりは好ましいのかもしれませんね。亭主個人としては、次回はぜひ《ポントの王ミトリダーテ》K.87の演奏・録音を望みます。最近発売された(といっても録音は97年のライヴですが)ノリントン指揮カメラータ・ザルツブルクの同曲演奏(ORFEO)が、期待はずれだったので…。
なお、夜の女王の入退場につきものの雷鳴は、当演奏ではなんだか薄い鉄板を叩き、しならせているようで、少々間抜けな感じ。それがチープな味わいを出していて、きわめて美しく響くグロッケンシュピールとともに芝居小屋の雰囲気を醸しています。もっとも、音響やスペクタクルな装置に工夫を凝らしたシカネーダーらしいので、その一座で初演された際は、もっとリアルな雷鳴を派手に轟かした“外連味”あふれる舞台だったのではないでしょうかねえ。
最後は、まさしく最新録音です。
■ACCENT:ACC24187(2006年)★★★
・カッサシオン第1番 K.63
・ディヴェルティメント第7番 K.205
・カッサシオン第2番 K.99
シギスヴァルト・クイケン指揮、ラ・プティット・バンド既述のごとく、さほどクイケン―ラ・プティット・バンドのファンではない亭主でありますが、大好きなK.63のカッサシオンということで、当盤は勇んで購入しました。初期作品(13歳時)であり、かつ不思議なジャンルながら、これはほんとうに佳曲!
その語源すら定説のないカッサシオン。モーツァルトの場合はいわゆる“フィナール・ムジーク”だったようですね。つまり、ザルツブルクにおいて大学が終了する8月、大学教員や領主=大司教を表敬しながら夜まで街を練り歩く際に、学生らによって奏でられた音楽ということです。記録(ザルツブルク大学ギムナジウム議定書)によれば、1769年8月6・8日に、哲学科・物理学科両学生により奏されたそうです。
冒頭の行進曲(転調が効いています)を含めて全7楽章におよぶ楽曲ですが、白眉は第5楽章アダージョ。ヴァイオリンが美しく歌い上げます。おそらく学生のうちで最も上手なやつがご指名に与ったのでしょうね。
さて、演奏はごく少人数によるもの。亭主の同曲ベスト盤…、とはいえないものの、満足のゆく演奏でした。モーツァルトにあっては日頃かなり禁欲的なクイケンが、ふんだんに装飾をちりばめていて、これは驚きました。ヴァイオリン・ソナタでもまったくといってよいほど装飾を加えなかったのに…。
ほぼ同時期にクイケン盤収録曲と競合する以下の盤が録音され、ともに必聴です。少々ネチッとした節回しが癖になるバンキーニ―アンサンブル415によるK.63、《グラン・パルティータ》で名演を聴かせてくれたゼフィロによるK.205。どちらもクイケン盤よりも濃厚ですが、それぞれに妙味があり、聴き比べて楽しめばよいでしょう。
■ZIGZAG TERRITOIRES:ZZT060301(2005年)
・セレナータ・ノットゥルナ K.239、 カッサシオン K.63、 コンチェルトーネ K.190
アンサンブル415、キアラ・バンキーニ(リーダー) *セレナータ・ノットゥルナ第3楽章は、
当然のことながら各楽器の即興的アインガング入り。
■DHM:88697126102(2006年)
・ディヴェルティメント第2番 K.131、行進曲 K.290、
ディヴェルティメント第7番 K.205、同第11番 K.251
ゼフィロ、アルフレード・ベルナルディーニ(リーダー) *管の名手が集うゼフィロだけに、ナチュラル・ホルン活躍の曲がセレクト。
K.131ではホルン4本(!)が咆哮します(人によっては受けつけないでしょうね)。
それにしても、上掲盤を聴くにつけよぎるのは、こんな曲が実際に演奏できたら、さぞや楽しいだろうなあ、というもの。昔は何とも思わなかったK.205のディヴェルティメントも最近はかなり好んでいるのですが、いやあ、こういう曲を気心知れた少人数で合奏できたら……、それこそ“知音”というものでしょう。
以上、シギスヴァルト・クイケンによる最近のモーツァルト演奏を簡略ながらご紹介しました。なくて残念だったのは、宗教曲です。亭主としては、クイケンにはもっとモーツァルトの“合唱曲”を演奏してもらいたいのですがね。前回触れたオランダ室内合唱団との《レクイエム》も名演でしたけれど、実は亭主のクイケンの全モーツァルト演奏のベストは、《アヴェ・ヴェルム・コルプス》K.618なのですよ。わずか数分の曲であり、カンタータ《悔悟するダヴィデ》K.469の佳演の余白に入れられた演奏です(DHM、85)。

カンタータ《悔悟するダヴィデ》
《アヴェ・ヴェルム・コルプス》
たった45小節の小品にこめたクイケンの思いの深さに打たれます。なかんずく「in mortis(死の試練に)」の個所は、ソプラノが2点ニ音からホ音へと上昇し、そそり立つ十字架を想起させるのですが、最良のテンポ設定のなか、このあたりの聴かせ方は他盤を冠絶しております。
最晩年の傑作《アヴェ・ヴェルム・コルプス》は、旧態ポリフォニー音楽の優位を主張し、モーツァルトのような宗教曲を排撃したアンブロースをして「かのパレストリーナさえも、この曲の前では深く感じ入らざるを得ない」といわしめた曲。そのゆえんをこれほど感じさせる演奏は、そうそうありません。
テーマ:クラシック - ジャンル:音楽
- 2008/06/19(木) 20:34:54|
- 指揮者
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