銀蛇亭贅語 〜 莫扎特(モーツァルト)音盤記

モーツァルトの音盤(CD、DVD等)についてつづる視聴記。随時、推薦盤の紹介もおこないます。

文質彬彬(5):ロンドン・スケッチブック K.15a〜15ss

   文質彬彬(5) 《ロンドン・スケッチブック》 K.15a〜15ss

新年度というのはせわしないもの。連休前に一仕事片付けたいとは思うものの、お花は咲くは、緑は輝くは……で、艸木好きの亭主は当然うわの空ということにあいなります。

仕事場の窓から萌葱や橙桃を点描した春霞を眺めますと、「世の中に絶えてお花のなかりせば…」などと古人よろしく半実仮想を口ずさみ、お茶ばかりすすることに。景色と反比例して心中は長閑でないものです。

sakura.jpg夕暮れ、仕事場の窓から…
 のどかな景色ですね

          katakuri.jpg裏山のカタクリの花

仕事をテキパキとこなしたいとき、亭主はモーツァルトをめったに流しません。世間一般に相違して、亭主にとってモーツァルトはBGMにはトンと向かないのであります。聴き入ってしまうわけですね。亭主は車に乗りませんが、もし運転することがあっても、モーツァルトは車中流せないと思います。きわめて危険です。

そんな中でも、たまさかテンポよく仕事をしたいときにかけるのが、この最初期作品《ロンドン・スケッチブック》なのですよ。

《ロンドン・スケッチブック》は、1764年のロンドン旅行中に書き散らされた、モーツァルト8歳時(!)の草稿集。前半第27曲までは鉛筆書きで、ロンド、ジーク、メヌエット、アルマンド、コントルダンスといった舞曲も含みます。現在は鍵盤楽器で演奏されることが多いのですが、オーケストラ演奏を想定していたスケッチもあるようです。

少年モーツァルトが楽器も用いず、楽想のおもむくままに筆をはしらせた小品群(各曲数十秒〜数分)ですので、本来は連続して演奏し、鑑賞する、といったたぐいの楽曲ではないわけです。音楽学者でもあるエリック・スミス(かの名匠シュミット=イッセルシュテットの息子ですね)がわざわざディヴェルティメントに編成し直して、さらにオーケストレーションを施して、何とか鑑賞に耐えるように、と世話を焼いたゆえんであります。

しかし、この脈絡もなく短篇が繰り出されるところこそが亭主のお気に入りなのであって、さほど楽曲に注意がむかず、心地よいリズムのなか仕事がはかどる、という具合なのですな。

それでも、曲が進んでK.15tやK.15vなんていうスゴイのに差しかかると、やっぱり数分間の中断を余儀なくされることになります…。

さて、少年期のスケッチ集にも音盤はありまして、以下、演奏楽器ごとに分類して紹介することといたしましょう。

londonsketch_2.jpgアウエルバッハ盤 londonsketch_4.jpgクローエルス盤

モダン・ピアノ
■ワルター・クリーン盤(1964)
 [MUSICAL CONCEPTS:MC131]

 *6曲のみ。「変奏曲・小品集」(3枚組)に収録。

■レーラ・アウエルバッハ盤(1998)★
 [ARABESQUE:Z6795]

 *前半に「ナンネル練習帳」所収の初期作品群併録。

■ハンス=ウード・クローエルス盤(2001)
 [NAXOS:8.554769]

 *断片曲を補作収録。

■マルティノ・ティリモ盤(2006)★
 [REGIS:RRC1257]

 *ソナタ集・変奏曲集・小品集も完成させている。

クリーン盤は、6曲なのが惜しいです。クローエルス盤は、一番入手しやすく、またK.15rrとK.15ssという断片で残されてほとんど演奏されることのない2曲を、自身で編曲して収録した点は貴重なんですが、肝腎の演奏がいただけません。

一番のお薦めは、アウエルバッハ盤。彼女(1973年ロシア生)は、アメリカ在住のピアニストで、詩人・作家・作曲家でもあるそうです。2004年ノーベル文学賞にノミネートされたとか。

上述したように、この楽曲群は組曲ではなく、また当然そのまま演奏されることが意図されたものでもないので、普通に順次演奏すると、雑多な形式の小品が無機的に繰り出されるだけなのですが、彼女は強弱やちょっとした装飾・アゴーギグをつけて変化をつくっています。しかし、その表情付けがあまりイヤらしくないので、耳に心地よい流れが持続します。

もうひとつの推薦盤が、ティリモ盤です。最新の『ピアノ&ピアニスト2008』(音楽之友社)にもその名を見出せないので、日本では無名に近いのかもしれませんが、かなり以前から活動しているキプロス生まれの渋いピアニストです。既にEMI等にシューベルトのソナタ全集やドビュッシー、ヤナーチェクの全集を入れています。最近、独Regisレーベルにモーツァルトのソナタや変奏曲を含む鍵盤楽器作品全集(ソナタ集:RRC5003、変奏曲・小品集:RRC7002)を完成させたばかりで、紹介盤もその一枚となります。

非常な廉価盤なのですが、いずれも演奏は一級品です。けっして才気ほとばしる、といった派手な演奏ではありませんが、じわじわ響く佳演ですよ。プラハ室内管と協奏曲も録音を始めたようです(現在1枚所持)。

londonsketch_3.jpgティリモ盤 londonsketch_5.jpgオールト盤

フォルテ・ピアノ
■バルト・フォン・オールト盤(2005)★
 [BRILLIANT:93025]

 *「モーツァルト・鍵盤楽器作品全集」(14枚組)中の1枚。価格は6〜7千円程度。

フォルテ・ピアノによる演奏で、ほぼ全曲演奏しているのは当盤だけでしょう。オールトは、マルコム・ビルソンに学んだ俊英。短期間で仕上げた上記「全集」は、ときにムラはあるものの、珍曲も含んでいてまさに驚異的(お値段も!)。4手ソナタや変奏曲には難があるものの、《ロンドン・スケッチブック》はなかなかによく、万人向けではありませんが、フォルテ・ピアノ好き、モーツァルティアンは必携の全集でしょう。

チェンバロ
■エリック・スミス盤(1976)
 [PHILIPS:PHCP3594]

 *「初期チェンバロ曲集」所収。スミスによるディヴェルティメント編成版。

自身で編曲して、自身で演奏して、自身でプロデュースしているのだから、エリック・スミスってほんとうに幸せなモーツァルティアンですよね。今となってはチェンバロで弾いているだけ、といった感は否めませんが、モーツァルトへの愛は伝わってきます。

小林道夫盤(SONY)が廃盤の現在、唯一のチェンバロによる演奏として価値はあります。音楽修辞学を能くする優れたチェンバロ奏者による録音を望みたいものです。トン・コープマンが演奏したら、間違いなく装飾過多のマニエリスティックなものになるでしょうね(PHILIPSのモーツァルト大全集所収の初期鍵盤楽器作品集に片鱗あり)。

クラヴィコード
■ジークベルト・ランペ盤(2004〜)▲
 [MD+G:MDG341 1301-2]他

 *「モーツァルト・鍵盤楽器作品全集」は現在第7集まで発売済。第3・5集を除き、ロンドン・スケッチブックからの数曲が含まれる。

モーツァルトが大好きだった楽器、しかし渋すぎる楽器、クラヴィコードによる演奏が鬼才ランペによって陸続生まれています。フォルテ・ピアノ、チェンバロ、クラヴィコードを使い分けての上記全集が進行中なのです。

最近、クリストファー・ホグウッドが3台のクラヴィコードを用いてモーツァルト作品集「the secret Mozart」を出しましたが(DHM:82876 83288 2)、かのフリードリヒ・グルダがすっかり心酔した楽器とはいえ、ほんとうに通な音色ですよね。亭主まだまだ修行が足りません…。

clavichord.jpg




 プラハのベルトラムカ荘にあったクラヴィコード。
 モーツァルトが弾いたもの…(ではないと思うが)

オルガン
■ベルンハルト・グフレラー盤(1990)▲
 [EMI:CDC7 54146 2] 収録曲:K.15ll、15r、15o

 *ザルツブルクのフランツィスカーナー教会のオルガン使用。

■リウウェ・タミンガ盤(2005)
 [ACCENT:ACC24172] 収録曲:K.15a、15h、15b

 *ボローニャのサン・ドメニコ教会のオルガン使用。

オルガンによる全曲演奏は残念ながらないようです。上記盤は3曲ずつの抄録ですが、優れた演奏です。オルガンお得意のレジスター(音栓)による音色変化を活かした全曲盤があれば楽しいと思いますね。

londonsketch_1.jpgスミス盤 londonsketch_6.jpgマリナー盤

オーケストラ
■ネヴィル・マリナー盤(1971)▲
 [PHILIPS:422 545-2]

 *エリック・スミス編曲。COMPLETE MOZART EDITION Vol.45“RARITIES & SURPRISES”所収。かつて国内盤単売あり。スミスによるディヴェルティメント編成版をオーケストラ版に編曲。

既述のスミスが、組曲に適宜編成し、オーケストレーションを施した演奏。《ロンドン・スケッチブック》が飽くまで草稿であり、当然オーケストラを想定した曲もあるのだろうから、あながちフィクションともいえない試みでしょう。実際、遜色ないオーケストラ作品に仕上がっており、こういった曲に才を示すマリナーがうまくまとめております。


この《ロンドン・スケッチブック》は、小品群とはいいながらも曲数は多いので、すべて聴くには70分ほど要します。これがまた、飽きっぽい亭主が集中して仕事ができる頃合いと一致しておりまして、楽曲終了とともに一区切り、お茶の合図となります。

モーツァルトも、おのが少年期のスケッチが、こんなふうに使われているとは心外でしょうけれどもね…


テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2008/04/22(火) 21:08:44|
  2. 器楽曲

プロフィール

KonLon

Author:KonLon
    戊子季春開亭

モーツァルト歴:
    (まだ?)30年
亭  訓:
   文質彬彬

*記事中の一人称「亭主」とは管理人のことです。

  詳しい亭主紹介はこちら

*上掲の画像…
プラハ郊外のベルトラムカ荘にて[2006.9.20]...一応階段中央に写っています...

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