文質彬彬(3) フルート四重奏曲(全4曲)
K.285、K.285a、K.285b(Anh.171)、K.298 春あけぼのの うすねむり
まくらにかよう 鳥の声
風まじりなる 夜べの雨
花ちりけんか 庭もせに
土岐善麿の有名な漢詩和訳です(『鶯の卵』、1950)。原詩はもちろん言わずと知れた孟浩然「春暁」(春眠暁を覚えず…)ですね。
春眠から覚めるのに小鳥の声はふさわしいものですが、今朝はフルート四重奏曲をかけてみました。
モーツァルトは1777年のマンハイム滞在中に、かの有名な宮廷楽団においてフルートを受け持っていた名手ヴェンドリング(Johann Baptist Wendling)と親しくなるのですが、彼を介して知り合ったドジャン(Ferdinand Nikolaus Dionisius Dejean)なるフルートを能くするアマチュア音楽愛好家から「フルートのための、ちょっとした軽く短い協奏曲を3曲と四重奏曲を数曲」(1777.12.10、レオポルト宛の手紙)を作曲してもらいたいとの依頼を受けます。
旅先のモーツァルトとしては大いに歓迎すべきこの依頼に、彼は早速応えようととりかかるのですが……結局完成をみたのは2つの協奏曲(K.313とK.314)、及びK.285を含む3つの四重奏曲。ともかく、協奏曲(K.314)の編曲疑惑などもあって報酬は半額に。そうして手紙で、「我慢ならない楽器」のための作曲は気乗りしないと嘯くことになるわけです。“モーツァルト・フルート嫌悪説”の所以ですね。
それでも完成したK.285は、古今フルート四重奏曲の最高傑作であることに変わりなく、単なる一趣味家の依頼を超えた作品でしょう。軽い作品のように捉えられがちですが、なかなかにどうして、弦楽の内声も緻密に書かれています。
K.285aとK.285bは、一応上述ドジャンのための依頼作品とされていますが、実は自筆譜などの決定的な資料の裏付けがありません。しかし亭主は最近、地味といわれる前者K.285aのアンダンテにとても魅力を感じています。華やかで変化に富んだK.285の後ろに控えて目立たない楽章ですが、じっくりと聴いてみてください。
さて、第1曲は有名曲なので全曲録音も多く、亭主架蔵の音盤も30種ほどはあるでしょうか。なかでも印象に残っている盤を以下いくつか掲げましょう。

グラーフ盤

有田盤
凡例 F:フルート FT:フラウト・トラヴェルソ ■バルトルト・クイケン(FT)、シギスヴァルト・クイケン他(1982)
ACCENT:ACC48225
■ペーター=ルーカス・グラーフ(F)、カルミナ三重奏団(1988) ★♪
CLAVES:KICC8706
■有田正広(FT)、ボッケリーニ・クァルテット(1989) ▲
DENON:COCO6143
■ヴィルベルト・ハーツェルツェト(FT)、レザデュー(1990)
DHM:05472-77846-2
■ゲオフェリー・コリンズ(F)、オーストラリア・アンサンブル(1992)
TALL POPPIES:TP029
■クレール・ギモン(FT)、トリオ・ソネリー(2001) ★♪
EARLY MUSIC:EMCCD7754
■ステファン・シュルツ(FT)、アメリカン・バロック(2001)
M & A:CD1121 *K.285a、285bのみ
■トーン・フレット(F)、オクサリス(2004) ▲
FUGA LIBERA:FUG506
■リサ・ベズノシウク(FT)、パブロ・ベズノシウク他(2006)
AVIE:AV2108 
ハーツェルツェト盤

コリンズ盤
こうしてみますと、フラウト・トラヴェルソによる古楽器演奏が健闘していますね。本来木管であるフルートの素朴な音色を響かせるには材質を戻す、というのは確かに素直な流れであります。
クイケン盤は確か古楽器初の同曲録音として記念すべきもの。有田盤は、現在でも評価が高く、時折取り出します(発売当初の某批評誌での評価は二分していましたけどね)。使用楽器は、フリードリヒ・ガブリエル・アウグスト・キルスト作(1770年頃)のオリジナル。

ギモン盤

シュルツ盤
ハーツェルツェト盤もなかなかに佳いですが、古楽器であればギモン盤を第一に推薦します。バロック・ヴァイオリンの名手モニカ・ハジェット率いるトリオ・ソネリーも伴奏の域を超える積極的な演奏で、特にK.285は名演。

フレット盤

ベズノシウク盤
かつてホグウッドと組んで協奏曲(L’OISEAU-LYRE)を録音したベズノシウクの最新盤は、少々生温く感じられました。シュルツ盤は、疑義ある2曲のみなのですが、上述したアンダンテはゆったりと歌っていて愛聴しています。
モダン楽器では、最近エマニュエル・パユ盤(1999、EMI:TOCE14093)の評価がきわめて高いようですね。発売時にはまったく亭主の触手が動かなかったのですが、先日廉価盤が出たので買ってみました。案の定、まったくよいとは思いませんでした。ランパル盤(SONY)も昔から嫌いです。
上掲しなかったウィリアム・ベネット盤(1969、PHILIPS:442-299-2等)あたりもグリュミオー・トリオのサポートを得て安心して聴ける演奏ですが、やはりグラーフの新盤が最高ではないでしょうか。協奏曲の名盤(ローザンヌ室内管との旧盤、CLAVES)ほど有名ではないかもしれませんが、朴訥な語り口調がかえって独特の艶を生み出していて、これはもうグラーフにしかなしえない芸当ですね…ギモン盤とともに必聴の盤です。
新しい世代を代表するものとしてフレット盤も挙げておきます。ビートの効いた即興性溢れる快演としてもっと聴かれてよい演奏でしょう。
フラウト・トラヴェルソの優しい、時にハスキーな音色は、春眠をうながし、危うく寝過ごすことになります。なにもない穏やかな日曜の朝に流したいものです。
フラウト・トラヴェルソについては、以下、基本的情報を簡単にまとめましたのでご参照ください。
フラウト・トラヴェルソとは… モーツァルトが生きた18世紀は、様々な楽器が近代型に移行する、まさに揺籃期であった。フルートも例外ではない。“木管楽器”であるフルートは、現在でこそ金属(金・銀・プラチナ)製がほとんどであるが、歴史的には、黒檀・柘植(ツゲ)等の木製が主で、象牙や陶器で作られたものも多かった。正式には、フラウト・トラヴェルソ(伊Flauto Traverso)といい、元来フルート(フラウト)が、縦笛であるリコーダーを指していたので、「横の」という意味を表す「トラヴェルソ」を付加したのである。
フラウト・トラヴェルソの歴史は古く、中世・ルネサンス期から用いられてはいたが、一本作りに穴が空いただけの極めてシンプルな楽器で、独奏よりは合奏に適していたようだ。しかし、17世紀後半から、フランスを中心に、殊オペラ演奏において豊饒な色彩感を有するオーケストラが要求されるに及び、他の管楽器同様、改良が試みられることとなる。
ルイ14世時代の宮廷音楽家、オトテール一族は、従来の一本作りのフルートを、頭部管・中部管・足部管のパーツに分けること等により、独奏に耐え得る2オクターヴ以上の音域を獲得することに成功した。もっともメカニズムはごく単純で、標準はD管、6つの指孔(直接指で押さえる)、1個のキーというものであった。そのためニ調音階に含まれる音は朗々と響くが、それ以外の音は、いわゆる“クロス・フィンガリング”を必要とするため、暗い小さな音しか出なかったのである。もちろん、この不安定・不均質さをかえって表現効果として喜ぶ向きもあったようだが、他の楽器同様、次第に「改良」され、それは特にキーの追加というかたちで18世紀後半以降現れる。モーツァルトの時代は、6孔1鍵式から、調度この多鍵式フルートが出始めた頃にあたり、現在、多くの古楽器演奏家が古典派時代の曲を演奏する時に用いるハインリッヒ・グレンザー(1764-1813)製作の楽器、及びそのコピーには6鍵式のものもある。
なお、最終的に現代の金属フルートの基礎をつくったのは、19世紀半ばのテオバルト・ベーム(1794-1881)であり、いわゆるベーム式(指孔を直接指で押さえない)として今日にまで至っている。
テーマ:クラシック - ジャンル:音楽
- 2008/04/07(月) 14:33:18|
- 室内楽曲
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