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銀蛇亭贅語 ~ モーツァルト(莫扎特)音盤記

モーツァルトの音盤(CD、DVD等)についてつづる視聴記。随時、推薦盤の紹介もおこないます。

亭主謹白 ~はじめて来亭された方へ

  銀蛇亭贅語 Die Schwätze über 'Zur silbernen Schlange'

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       いらっしゃいませ。 《銀蛇亭》 の亭主、 KonLon です。  

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  黄昏のホーエンザルツブルク城
   [2006.亭主撮影]


《銀蛇亭贅語 : ぎんじゃていぜいご は、 W.A.モーツァルト (漢語:莫扎特) に半ば特化した音盤視聴記です。文質彬彬 たる名盤を推薦しつつ、ゆるりと更新してゆきますので、ご愛顧ください…単なる亭主の放埒盤遊記…

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モーツァルト・メダル[亭主蔵]

ちなみに 《銀蛇亭 : Zur silbernen Schlange》 とは、モーツァルトが晩年に通ったウィーンの居酒屋の通称です。本当は、 《金蛇亭》 だったそうです …… 左欄 「詳しい亭主紹介」 に詳述。

亭主KonLonのモーツァルトへの思いは、かつて書いた以下の文章 「モーツァルト生誕250年によせて」 の引用でお許しください。某図書館誌[2006]より ……



                            モーツァルト生誕250年によせて


コメントについて
洵にご面倒ですが、ご意見・要望・質問は左下のメールフォームからお寄せください。随時、回答申し上げます。 亭主
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テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2019/03/27(水) 08:39:53|
  2. はじめての方

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《銀蛇亭贅語》 ~ 過去の主な記事  「開啓」 をクリックすると該当記事が読めます。

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  1. 2019/03/20(水) 19:23:32|
  2. その他

クリフォード・カーゾンのモーツァルト~ピアノ協奏曲第23番をめぐって~

                
                 クリフォード・カーゾンのモーツァルト(その1)
                        ~ピアノ協奏曲第23番をめぐって~

往年の(というほどではないにしろ)、モーツァルティアンご推奨の第27番コンチェルトの定盤といえば、カーゾン=ブリテン=イギリス室内管と相場が決まっていて、1970年にセッション録音されながらカーゾンが例によって発売の許可を出さず、12年後の1982年、本人が逝く直前に承諾してようやく発売(イギリスでは11月、日本では翌年2月)された経緯と相俟って、何だか神韻縹渺たる霊演として、カップリングの第20番とともにもてはやされたものでした。

     curzon_britten.jpg

(第20番は)名曲であるだけに、無数の録音があり、大会社が大々的に宣伝しているものもあるが、真に成熟した演奏とその録音というものが、それほどざくざくこの世に現れるわけではない。現在すべての面でトップを行く録音は、故クリフォード・カーゾンがベンジャミン・ブリテンの指揮で演奏したものである。これのカップリングは変ロ長調K595(第27番)であるが、これもまた並ぶもののない名演奏である。[石井宏『モーツァルト名曲名盤』、音楽之友社]

夕映えのようなこの傑作(第27番)を、私は愛してやまない。バックハウス、アンダ、ゼルキンなども名演だが、迷うことなくこのレコード(カーゾン盤)をあげたい。[井上太郎『わが友モーツァルト』、講談社現代新書]

亭主も若き頃ご多分に漏れず早速にも購入してみるにはみましたが、いまひとつ、否ふたつ理解できず、爾来35年余、未だカーゾンが手放しで好みの打鍵家になることもなく、それはあれほど拘泥してまとめたクララ・ハスキル[Clara Haskil, 1895-1960](当ブログ「ハスキルとフリッチャイによるピアノ協奏曲第19番」1~5参照)とまったく同様であります。いや、だからこそ亭主の場合、関係する音盤を渉猟しすべてを聴きこむわけですが。結果、大好きな演奏よりも大好きになってみたい演奏の方をよく聴くことに……。

上掲盤は、かつてSACDでも発売され(ESOTERIC ← 中古市場で異様に高価)、最近もTower Recordがいくぶん安価に新マスタリングでSACD再発売したので、亭主いずれも再三聴き返してみましたが、如上の感想を完全に払拭するにはいたりませんでした。やはり、例えば第20番緩徐楽章における、珍しくも過剰で得心のいかない装飾を聴くにつけその思いを新たにしてしまった具合。まあ、もともとブリテン卿[Edward Benjamin Britten, 1913-1976]指揮のモーツァルトと、ときに大味になるイギリス室内管弦楽団とがさほど好みではない、さらにDECCAレーベルが嫌い(特に録音)、といった外的かつ勝手なる要因も多分にあるかと思われます。

     curzon_esoteric.jpgESOTERIC SACD盤    curzon_tower.jpgTower Record SACD盤

さあ、何はともあれ今回はクリフォード・カーゾンの、それも第23番 イ長調 K.488のピアノ協奏曲について少しくまとめてみたいと思うのであります。

                 curzon04.jpg
イギリスはロンドン出身のピアニスト、クリフォード・カーゾン[Clifford Michael Curzon, 1907-1982]は、13歳で王立音楽院に学び、サー・ヘンリー・ウッド[Henry Wood, 1869-1944]に認められて1923年、プロムナード・コンサートで若き公開デビューを果たしています。同年生まれとしては、ウラディーミル・アシュケナージやペーター・レーゼルを育てた名教師として名高かいレフ・オボーリン[Lev Oborin, 1907-1974]がおりますね。母校の教授に就任後もベルリンに留学し、かのベルリン高等音楽学校教授アルトゥール・シュナーベル[Artur Schnabel, 1882-1951]に師事(1928-1930)。ということは、リリー・クラウス[Lili Kraus, 1903-1986]とも同門ということになります。それからパリにも留学してワンダ・ランドフスカ[Wanda Landowska, 1879-1959]らに学びました(両人のモーツァルト、実に佳いですなぁ)。

貴族的とも称される抑制された透明感のあるタッチは、シュナーベルの師匠テオドール・レシェティツキ[Teodor Leszetycki, 1830-1915]からの系譜を感じさせますね(ちなみにレシェティツキの師はカール・ツェルニーでそのまた師はベートーヴェン)。1958年にCBE(大英帝国勲章司令官)、1977年にKBE(司令官騎士=ナイト)に叙せられ、“サー”の称号をもって呼ばれています。1982年9月1日、心臓発作により急逝。極度の録音嫌い(というより発売嫌いか)として知られますが、1937年以来、英DECCAと専属契約を結んでおり、その録音すべてが下掲 “Clifford Curzon Complete Recordings”(以下「全集」と略記することあり)としてCD23枚+DVD1枚にまとめられています(2012年発売、亭主未だ完聴せず)。

     curzon_comp02.jpg

カーゾンは、師シュナーベルに同じくドイツ・オーストリア系の楽曲を得意としていましたが、特に “モーツァルト弾き” と称されますね(例えば、the greatest living mozartian=最高の生けるモーツァルティアン)。しかしながら、そのレパートリーは(ハスキルに同様)かなり限られておりまして、室内楽のセッション録音としては、亭主もLPで親しんだアマデウス弦楽四重奏団員とのピアノ四重奏曲2曲(K.478、K.493)だけでしょうね(1952年)。ブダペスト弦楽四重奏団員と組んだピアノ四重奏曲第2番のワシントンでのライヴ(1951年4月27日)はMUSIC & ARTSから出ていましたが、ヴァイオリン・ソナタや三重奏曲の音源は寡聞にして知らず、独奏にあっても1974年8月26日、モーツァルテウムでのライヴ録音として残されたピアノ・ソナタ第14番 K.457だけではないでしょうか。珍しいところでは、ブリテンと組んだ2台のピアノのためのソナタ K.448のライヴ音源がBBCに残されており、演奏はともかくもこれは貴重(1960年6月23日、オールドバラ音楽祭)。

     curzon_quartrt.jpgアマデウス四重奏団盤   curzon_buda.jpgブダペスト四重奏盤
     curzon_sonata.jpg第14番・ザルツブルク・ライヴ   curzon_amade.jpgピアノ四重奏曲LP盤ジャケット

従いまして、一般に “カーゾンのモーツァルト” といえばピアノ協奏曲を指すのであります。それもナンバーがずいぶんと偏っています。セッション録音としては、以下のものが知られるのみ(すべてDECCA)……

 ■ピアノ協奏曲第23番 K.488
   ボイド・ニール指揮、ナショナル交響楽団
   録音:1945年12月

 ■ピアノ協奏曲第23番 K.488
  ピアノ協奏曲第24番 K.491
   ヨーゼフ・クリップス指揮、ロンドン交響楽団
   録音:1953年10月

 ■ピアノ協奏曲第23番 K.488
  ピアノ協奏曲第27番 K.595
   ジョージ・セル指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
   録音:1964年12月

 ■ピアノ協奏曲第23番 K.488
  ピアノ協奏曲第24番 K.491
  ピアノ協奏曲第26番 K.537
  ピアノ協奏曲第27番 K.595
   イシュトヴァン・ケルテス指揮、ロンドン交響楽団
   録音:1967年10・12月

 ■ピアノ協奏曲第20番 K.466
  ピアノ協奏曲第27番 K.595
   ベンジャミン・ブリテン指揮、イギリス室内管弦楽団
   録音:1970年9月

ということで、何と第20・23・24・26・27番しか録音されておりませんね。しかも、カーゾン生前に発売されたのは、モノラルではニール指揮盤、クリップス指揮盤、ステレオではケルテス指揮盤の第23・24番のみ。ブリテン指揮盤は死直後の1982年、ケルテス指揮盤の残り第26・27番は死後の1999年、セル指揮の “名盤” にいたっては2003年初出(!)という遅さ。

けっこうな数あるライヴ録音もそのレパートリーは限定されており、管見の限りでは、なぜか第20番が見当たらない代わり第21番が3種知られています(第20番はセッション録音1回きりなのかなあ…不思議)。

GNP、RARE、VIBRATOといった一時隆盛したエア・チェック系の海賊盤CD-Rでもオイゲン・ヨッフム指揮盤で第24番(1975年、ロンドン響)と第26番(1979年、ニューヨーク・フィル)、クラウディオ・アバド指揮盤で第24番(1975年)と第26番(1974年、ともにウィーン・フィル)、レオポルト・ハーガー指揮盤で第24番(1979年、バイエルン放送響)、ジョージ・セル指揮盤で第27番(1969年、クリーヴランド管)、アンタル・ドラティ指揮盤で第24番(1978年、デトロイト響)などが知られ、これまた何とも偏っていますねぇ(このあたり、近日まとめます)。

正規音源のライヴ音盤としては、筆頭に第21番(1976年)・第23番(1975年)・第24番(1970年)・第27番(1970年)が挙げられ、いずれもラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団による最高のサポートを得てカーゾンの神髄がいかんなく発揮されております(これは洵に必聴盤)。BRバイエルン放送協会(Bayerischer Rundfunk)所蔵の正規音源である上、相変わらずAUDITEによるマスタリングも丁寧で、後にまとめる第23番などは同曲中においても最高の演奏のひとつといえましょう。

     curzon_2124.jpg第21番・第24番(AUDITE)

ザルツブルク音楽祭におけるライヴとしては、ALTUSからルドルフ・ケンペ指揮、フランス国立放送管弦楽団との第24番(1959年)と、ORFEOからジョージ・セル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団との第27番(1964年)とが出ており、後者は “ジョージ・セル:ザルツブルク音楽祭ライヴ1958-1968”(7枚組)の一枚です(相も変わらずクラウス、アイヒンガーのリマスターが酷い!)。

     curzon_kempe.jpg     curzon_27_szell.jpg

カーゾンの放送用録音を多く保存するBBC英国放送協会(British Broadcasting Corporation)からの音源としては、後掲する音盤以外に、TESTAMENTからエイドリアン・ボールト指揮盤(ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団)で第27番(1961年、ロイヤル・アルバート・ホール)、BBC MUSICからベルナルト・ハイティンク指揮盤(ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団)で第24番(1979年、ロイヤル・フェスティバル・ホール)、ピエール・ブーレーズ指揮盤(BBC交響楽団)で第26番(1974年、ロイヤル・アルバート・ホール)、ダニエル・バレンボイム指揮盤(イギリス室内管弦楽団)で第27番(1979年、ロイヤル・アルバート・ホール)が出ており、このうちでは昨年亡くなった “あの” ブーレーズ指揮という《戴冠式》が変わり種。案外スリリングでカーゾンもいささか興奮気味。《フィガロ》をアレンジしたカデンツァや緩徐楽章の装飾音はちょいと遊びすぎかなあ。これは8月の演奏会ですが、夏風邪でもはやっていたのか聴衆の咳もエキサイト。ハイティンクとの第24番は、音質も比較的良好、伴奏ともどもライヴとしての完成度が高く、カーゾン晩年の佳演と申せましょう。

     curzon_27_02.jpg   curzon_24.jpg   curzon_26.jpg   curzon_27.jpg

その他、アルミン・ジョルダン指揮、ローザンヌ室内管弦楽団による第21番のライヴ(1980年)やハイティンク指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団による第27番のライヴ(1972年)が知られており、前者はRSRラジオ・スイス・ロマンド(Radio suisse romande)の音源をCLAVESがデジタル提供、後者はNM CLASSICSからの “ハイティンク & コンセルトヘボウ・ライヴ”(14枚組)所収となっています。

     curzon_rsr.jpg     curzon14.jpg

なお、BBC MUSICのバレンボイム指揮盤には珍演がカップリングされており、ひとつは既述したブリテンとの2台ピアノ・ソナタ K.488(1960年)、そしてもうひとつが何と指揮者バレンボイム自身との2台のピアノのための協奏曲 K.365なんですね。1979年9月11日、ロイヤル・アルバート・ホールにおいてのライヴであり、あまり練習しなかったのか、三者(独奏者どうしとオケ)の不通も多いミスもかなり目立つ演奏ですが、如上縷述したようにカーゾンのモーツァルトといえば、ほぼひたすらにピアノ協奏曲の第23番・24番・26番・27番の4曲、特に26番を除く3曲ばかりを繰り返し弾き続ける、というものでしたから貴重は貴重。これまたいかなる風の吹き回しか…まあ、確実に御本人による希望ではないでしょうな。

さても、いつものごとく放埒な方向に拡散しつつありますので、ここらで本題に入りましょう。架蔵の音盤をあさりますれば、カーゾンの第23番 イ長調 K.488には以下の音盤がありました。

     印=亭主推薦盤 印=準推薦盤

 ①ボイド・ニール指揮、ナショナル交響楽団[DECCA]
   録音:1945年12月(セッション、モノラル)

 ②ヨーゼフ・クリップス指揮、ロンドン交響楽団[DECCA]
   録音:1953年10月(セッション、モノラル)

 ③ゲオルク・ショルティ指揮、フランス国立放送管弦楽団[ARCHIPEL]
   録音:1959年8月1日(ライヴ、モノラル、ザルツブルク・モーツァルテウム)

 ④ジョージ・ハースト指揮、BBCノーザン・オーケストラ[BBC MUSIC]
   録音:1963年12月26日(ライヴ、ステレオ、マンチェスター?)

 ⑤ジョージ・セル指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団[DECCA]
   録音:1964年12月(セッション、ステレオ)

 ⑥イシュトヴァン・ケルテス指揮、ロンドン交響楽団[DECCA]
   録音:1967年12月(セッション、ステレオ)

 ⑦ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団[AUDITE]
   録音:1975年6月21日(ライヴ、ステレオ、ヴュルツブルク・レジデンツ宮殿皇帝の間)

 ⑧ラファエル・クーベリック指揮、バイエルン放送交響楽団[LIVE CLASSIC] 偽=⑦と同演奏
   録音:1980年(ライヴ、ステレオ)

     curzon001.jpg
※なお、The homepage of Youngrok LEE(http://classite.com/index.html)内にある Recordings & Discography -Clifford Curzon には、1960s(?)の項に、Karl Münchinger / Stuttgart Chamber Orchestra によるカーゾンの第23番が、KING RECORD(JP)発売のKICC8520として記載されていて驚かされますが、これはLONDON(DECCA)原盤のピアノ協奏曲第20番(ジュリアス・カッチェン、ミュンヒンガー指揮、シュトゥットガルト室内管)とピアノ協奏曲第23番(カーゾン、ケルテス指揮、ロンドン響)とを日本のキング・レコードがカップリングして1995年に発売したもの(上掲)を混同誤認したものです。従って、ミュンヒンガー指揮によるカーゾンの第23番は存在しません…残念ながら。


  curzon_dutton.jpg
 1945年録音の当盤は、第23番の最初期セッション録音(ロンドンのキングスウエイ・ホール)のひとつでしょうね。少しく一本調子ながら(SP盤にありがち)、颯爽とした速めのテンポに終始する快演。指揮は、外科医でもあったルイス・ボイド・ニールによるもので、なかなかのサポート。音盤には英PEARLによる復刻もありますが、亭主は、78rpm discいわゆるSP(DECCA K1394-6:AR9918/22)を英DUTTONのマイケル.J.ダットン氏がデジタル・リマスターしたもので聴いております。これは、オケ、ピアノともども、当然モノラルですが艶と広がりのある高音質。何のことはない、「全集」やClifford Curzon Decca Recordings 1936-1971 Vol.ⅢのDECCA外盤も、実はダットン氏の復刻を転用しているのでしたよ(ということはマスター・テープの状態が悪いのかな…)。

     curzon_pearl.jpg     curzon_masters03.jpg


  curzon_krips.jpg
 この盤も①に同じくキングスウエイ・ホールでのモノラル録音なのですが、外盤(Clifford Curzon Decca Recordings 1941-1972 Vol.Ⅱ)も国内盤もともにCDの音は冴えず、特にオケの音は振るわないですね(特に第1楽章のマスターの状態が芳しくないように思われます)。むしろ英盤LPの方が劣化のない芯のある佳音を響かせます。参考までに、カップリングの第24番の方ですがLP盤を再生したものが以下にあります(リンクは張らないのでコピーして御試聴されたし。以下同)。

     curzon_masters02.jpg     curzon_deccalp.jpgLP盤ジャケット

     https://www.youtube.com/watch?v=_htpMpLblk0

指揮は名匠クリップス。彼がロンドン交響楽団の首席(1950-1954)だったときの録音となりますね。素晴らしいモーツァルトを響かせる指揮者(特にコンセルトヘボウ管とのシンフォニー)ですが、当盤では残念ながらさほど美点は感じられません。


  curzon_solti.jpg
 珍しい音源を発掘するドイツのARCHIPELから出たのは、ショルティ指揮、フランス国立放送管との1959年ザルツブルク音楽祭ライヴ。当盤でのカップリングはショルティ自身のピアノと指揮によるケルン放送交響楽団(現・ケルンWDR交響楽団)との第20番(1952年のライヴ。美音によるなかなかの名演でびっくり)ですが、音楽祭当日のプログラムは記録によると、ハイドンの交響曲第102番に始まり、カーゾンとの協奏曲を挟んで、モーツァルトの交響曲第39番が演奏されたようです。おそらくオリジナルのテープはORFオーストリア放送協会(Österreichischer Rundfunk)が所蔵しているのでしょうが、この音源もけっこう良い音です(フルートがきれい)。ただし、ショルティの指揮振りは例によって明暗がきつく、カーゾンもいつになくそれにつられている感あり。熱演ともとれますが、好悪が分かれるかもしれません。


  curzon_bbc.jpg
 比較的入手困難な音盤かもしれませぬ。イギリスの月刊音楽誌 “The BBC Music Magazine Collection” Vol. 17 No. 7(2009年)の附録盤ですが何処のライヴなるかは不詳。エディンバラ出身の指揮者ジョージ・ハースト伴奏によるステレオ・ライヴで、カップリングはベルンハルト・クレー(エディト・マティスが奥さん!)指揮、BBC交響楽団による第21番(1976年)。BBCノーザン・オーケストラは、マンチェスターを本拠地とする現・BBCフィルハーモニックで、ハーストは1958年から1968年まで首席指揮者を務めていました。

演奏はといえば、当然ながら③よりおとなしく、終楽章も遅めで全体にミスが散見されるものの一応ステレオなのでカーゾンの美音が堪能できます。また、終楽章のトリルの後176小節目からをはじめ、弦のピチカートに乗って何度か現れる上行音型に “間” というか “引っかかり” を入れるカーゾン特有の解釈の萌芽(⑦で開花!)がわずかながらに聴取できますね(如上の各盤でも極々かすかには感じられます)。


  curzon_szell.jpg
 ④のちょうど一年後になるジョージ・セル[George Szell, 1897-1970]とのセッション録音で亭主推薦盤。2003年までお蔵に入っていたいわくつきの盤なること上述。カーゾンらしいピアノの音色が存分に堪能できる一枚で、セル=ウィーン・フィルもキリリと引き締まり間然とするところのない好演(カサドシュと組んだクリーブランド管の一連のピアノ協奏曲から冷徹さが後退した感じ)。前奏冒頭にある2回の弦のトゥッティもまさにセル! この録音、初出の際にあがなった国内盤の評判が何やら芳しくないので、あらためて4枚組外盤(Clifford Curzon Decca Recordings 1949-1964 Vol.Ⅰ)を購入。確かに、音質は明るく華やかでメリハリが効いています。そもそもレンジが広いので奥行きもグッとありますね。国内盤は暖色系。良くいえばまろやかで落ち着きがあり、むしろカーゾンの音色と相性がいい、ともいえます。当演奏が気に入っている方は両盤所持していて可。

     szell.jpgジョージ・セル   curzon_masters01.jpg

当盤はライヴの⑦盤のごとく一定感興に任せて、というのではなく、例のセルの指揮振りと相まって楷書風のモーツァルトですな。それにしても、前奏からフルートやらクラリネットやら木管群が美しくまことに聴き惚れます。年代的にフルートは、ヴェルナー・トリップ[Werner Tripp, 1930-2003]ではないかなぁ……。1962年から首席奏者ですしね。クラリネットは、神様レオポルト・ウラッハ[Leopold Wlach, 1902-1956]の弟子アルフレート・プリンツ[Alfred Prinz, 1930-2014]でしょう。なんと1950年の若きときから首席でした。もちろん、コンサート・マスターはモーツァルティアンのヴィリー・ボスコフスキー[Willi Boskovsky, 1909-1991]かと推されます。


  curzon_kertesz.jpg
 前盤よりも “フツウ” の演奏でカーゾン生前リリース盤。わずか3年後の同じセッション録音でも大きく違う印象を抱かせます。ずいぶんとオケがうるさいのですが、これはDECCAの録音のせいでもあると思います。結果、カーゾンと琴瑟相和す、というわけにはいかなくなりました。特に、外盤(Clifford Curzon Decca Recordings 1944-1970 Vol.Ⅳ)や「全集」のマスタリングは高音部が耳にきつく、オケの騒がしさが増長されて早くも前奏から幻滅してしまうので、むしろ廉価な国内盤をお薦めします(かつて聴いていたLP盤に近い。DECCA Legends盤はややましか…)。亭主架蔵の盤は、“ルビジウム・クロック・カッティング”(「従来のCDでは得られなかった鮮明、且つ自然な音を実現…」とのこと)によることを謳っていますが、人工衛星にも使うというそれが奏功しているのか否かはわかりません。夭逝したケルテス=ロンドン響とカーゾンは、モーツァルトを4曲も録音しています。いずれも準推薦盤として一聴すべき演奏であることはいうまでもありません。

     curzon_masters04.jpg   curzon_deccaLP02.jpgLP盤ジャケット   curzon_legends.jpgLegends盤


  curzon_kubelik.jpg
 亭主推薦盤。カーゾンによるモーツァルトの最高峰であり、かつあまた存在する同曲の音盤中にあっても一頭地を抜く名演奏。ライヴゆえのキズ(音響上も含めて)などまったく問題になりません。バイエルン放送交響楽団の弦も管(特にフルート!)も最高の響きを奏で、何といってもラファエル・クーベリック[Rafael Kubelík, 1914-1996]の指揮が真のモーツァルティアンでなければなし得ないテンポで、終始絶妙なるサポートをしております。モーツァルト演奏のテンポ感とは、単なる速い・遅いという解釈上固定したものなのではなく、演奏する楽曲、その演奏時の編成規模、そこに広がる空間、そのときの共演者のいかん等々を瞬時俊敏に感知して、その都度その都度的確に判断し再現できるかにかかっていて、これはもう頭でこねくり返した棒のテクニックで伝えても無理なもの。クーベリックという人は、それを体現し、オケに過不足なく伝播できる人でした。セッション録音では、それが “静謐” に記録されているといった風ですが、ライヴではそのテンポ感に感興と熱情とが加わりそれは見事なものでしたね。

     kubelik.jpgラファエル・クーベリック   kaisersaal.jpgライヴ会場:ヴュルツブルク・レジデンツ宮殿皇帝の間

当盤ではカーゾンも流麗で佳いですな。しかし、モーツァルトでセルと組んだカサドシュ[Robert Casadesus, 1899-1972]のごとく、単に玲瓏にしてその美音に身を委ねればよろし、というのに相違し、聴き手に何か要求してくるようなところがあります。かつて、吉田秀和[1913-2012]がベルリンでの実演に接し、「変わったピアニストで、あまり聴いたことのない、柔らかな、モーツァルトを聴かされました。…けっしてまずいのではないのですが、何か違うのですね。いろいろとこまかな点で凝っていて、少しわずらわしかったけれど、あっと思わせられるような、おもしろいところもあり…」(『世界のピアニスト』、ラジオ技術社、1976、のち新潮文庫)という隔靴掻痒なる評を寄せておりましたが、この「少しわずらわしかったけれど」というのは、存外的を射ていると思いますね。このピアノ・オン気味の録音では、カーゾンのそんな自然と人工とが交錯するピアニズムを、セルとの⑤盤以上に生々しく感じとることがかないます。DECCAの名プロデューサーで友人のジョン・カルショー[John Culshaw, 1924-1980]は、「カーゾンの繊細なる音色を録音で捉えるのは、空を飛ぶ鳥を捕まえるよりも難しい」と語ったとか。まさにそうでしょうね。でも当盤は、図らずも生きたままの捕縛に成功しています。

     curzon01.jpg     calshaw.jpg回顧録・邦訳版

ちなみに、カルショーの回顧録 “PUTTING THE RECORD STRAIGHT” Martin Secker & Warburg Ltd, 1981(邦訳『レコードはまっすぐに─あるプロデューサーの回想─』、学習研究社、2005)によれば、カーゾンは「大惨事をカバンに入れて持ち歩いているようなピアニスト」とされていたらしく、セッション録音の際の度重なる不測の事態が記録されております。例えば、1963年にリストのピアノ・ソナタを録音した際は、録音スタッフが追加した照明群(それはヴェルディの “怒りの日” でもびくともしなかった)が、カーゾンのピアノ、それも “ピアニッシモ” を奏でた部分で大轟音とともにすべて落下してきた…といったもの。指揮者セルとの愛憎入り交じった確執、それも暴言の応酬を伴うものだったというセッション時(1962年、ブラームスのピアノ協奏曲第2番)の描写もあり、この2年後に⑤盤が録音されたと考えると、生前未発売の一件と相まって⑤が素直に聴けなくなりますよ。

ともかくも、当盤の終楽章こそは伴奏も快走、カーゾンも乗っていますねえ。木管群とのかけ合いもいかにも楽しげ。そうそう、上述したトリル後、176小節目から始まる弦のピチカートとともに現れる上行音型に “引っかかり” という薬味を投入するカーゾン特有の解釈も全開、それを奇異に感じさせない推進力があります。まあ、確かに「少しく煩はし」ではありますね、哬哬! この亭主にとっての大名盤、例の “汝之陰極線管” で全篇が聴けます(拍手がきれいにカットされているのでAUDITE盤を音源としたものと推察)。便利というか、有難みがないというか……

     https://www.youtube.com/watch?v=1xv4t5t2w3o


  curzon_live.jpg
 このLIVE CLASSICはいわゆる海賊盤2枚組。とあるブログ記事に、「ピアノが近接した感じの録音ではあるが、基本的な解釈は1975年録音盤と同様で、さらに音楽全体がゆったりしている印象を受ける。ディテールは微妙に異なるとはいえ、最も違うのは録音の感じ…」などとあったので、すわ一大事、亭主未知の音源で1980年というカーゾン最晩年の第23番が、それもクーベリック指揮で存在したのか…とオークションで捜索し慌てて購入したものの、一聴してがっかり。すぐに⑦1975年盤と同じ演奏・録音だと判明しました。というのも、⑦盤には第1楽章、前奏の10小節目、木管かけ合いの箇所に椅子のきしむような “キュッ” といった独特の大きな雑音(上掲YouTubeでは開始21秒)と15小節目に聴衆の咳一発(同開始31秒)とが混入しているのですが、⑧盤にもまったく同様の雑音が聞かれます。まあ、残念ですがよくあることですよね…。もちろん⑦盤の方が音質上々。ちなみに、もう1枚の方には、レナード・バーンスタイン指揮・ピアノによる第17番(1975年、ザルツブルク)とマレイ・ペライア独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響の第20番(1981年、ミュンヘン)とが入っており、これはうれしい掘り出し物。

                            curzon03.jpg

以上、カーゾンによるモーツァルトのピアノ協奏曲第23番の全音盤紹介でした。⑦盤の大推薦にもかかわらず、カーゾンが亭主最愛の打鍵家のひとりとなるにはいま少し時が必要なようです。最近まで音盤棚の “未開封地区” に放置されていたカーゾンのDECCA全録音 “Clifford Curzon Complete Recordings”(CD23枚+DVD1枚)。これを完聴し終えたとき果たしていかが相なりますやら……請う、再びの報告をしばし待たれよ。

追 記
その後、VIBRATO(非正規)から以下のスタジオ収録音源(モノラル)が出ていたことが判明。
亭主、今のところ未架蔵なので、今後入手することがありましたら報告いたします……

  ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、ハンブルクNDR交響楽団
  1. 2018/03/06(火) 08:12:51|
  2. 協奏曲

ハンス・ライグラフのピアノ・ソナタ全集

                  ハンス・ライグラフのピアノ・ソナタ全集

このお休みは久々に温泉につかり野山の花なぞ楽しみつつ、存外豊かな時間を満喫。このところ通称 『死者の棚』 からルネサンス期のレクイエムやらラメンテーションやらばかりをあさっていたので、少しく沈んだ心も浮遊しましたよ。

   ザルツブルク(亭主謹撮)ミラベル宮殿からホーエン・ザルツブルク城を望む(亭主謹撮)    katakuri02.jpg散歩途中に野辺のカタクリ

つかの間の連休が終わった深夜、疲れた体にジワッと染み入ったのがピアノ・ソナタ群、それもハンス・ライグラフによる演奏です。
以前より亭主はピアノ・ソナタ、それも特に初期、といってもケッヘルも200番台、 「旧全集」 でいうところの第1番から第6番の連作あたりでありますが、夜中にはそこらを好んで聴いておるのです。

音盤は、むろんたくさんあります。全集録音も多いジャンルですな。しかしながら、なかなかしっくりくる演奏がないのです。それは、上記連作のいくつかが古いクラヴィーアを念頭に書かれているため、語法がかなりチェンバロ的であり、よって、特にモダン・ピアノでは、 「鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用ひん」 といった結果になりやすいことが主因であろうと思います。

定評のある “新しい” ところの全集、たとえば内田なり、シフなり、またヘブラー、ピリス、ブレンデルなどなど (もちろんクラウス、グールドしかり) 、まったくもって芳しくないですね。なかではクラウディオ・アラウ晩年の録音 (PHILLIPS) が、牛刀を存分に振るいながらも大味になることなく、かえって懐の深い演奏を繰り広げていて、これはもう老アラウのなせる技であり、余人の及ぶところではありません (ペダル操作の音が入るのがちょっと残念) 。長く聴き続けられるべき名演奏です。

そんな状況下、最近全集として買い直したライグラフ教授の演奏を流し続けています。

  leygraf.jpg
 ■モーツァルト:ピアノ・ソナタ全集 (5枚組)
  [Db Productions:DBCD108](1982、1984)

    ハンス・ライグラフ (P)


ハンス・ライグラフ (レイグラフとも) はスウェーデン1920年生まれ。1972年からザルツブルク・モーツァルテウム音楽院の教授として指導にあたり、名教師として著名、数々のピアニストを育て上げています (日本人の弟子も多数) 。かのシュナーベル直系であり、孫弟子。

そのキャリアに比して (ミケランジェリと同年!) 、華やかな演奏活動や録音活動を展開しているわけではないので、一般には知られていないピアニストかと思われます。逆にその筋、つまりピアニストや “愛鍵家” にあっては周知の人物のようですね。

上掲盤は、教授が60代にスウェーデンで録音したもの。きわめて瑞々しい演奏です。ジャケット写真を見ると、かなり無骨で短い手なのですが、奏でられる音は何とも繊細。スタインウェイの鍵盤からこんな音色を醸し出すピアニストなんて、そうそういないのではないでしょうか。個々の演奏については書きませんので、是非とも機会がありましたら一聴ください。高齢ながら次回の来日が実現した折には、コンサートに出向きたいと思います。シューベルトやドビュッシーにも期待がかかります。

そうそう、言い忘れましたが、レイグラフ教授は御存命であり、下記ホームページがありますので、ご覧ください。開きますとソナタ第3番が流れますよ。ディスコグラフィーによるとEMIにコンチェルトの録音をしているようですが、亭主未聴です。

   ハンス・ライグラフ

亭主にとって唯一の瑕疵といっていいのは、リピートを “まったく” 実施していないところでしょう。近年の演奏 (それも録音) で、提示部反復無視はかなり珍しいですが、全曲にわたって徹底しているので、思うところあっての所為なのでしょうね。

『論語』の憲問篇に、

   君子は其の言の、其の行ひに過ぐるを恥づ。

つまり、 「おのれの言葉が、その実践以上になることを恥じる」 とあります。ピアニストにとっての言葉とは、その演奏にほかなりません。自分の技量以上の演奏を行わんとするとき、奏者はおうおうテンポの変化や装飾に頼り、手練手管を繰り出して切りぬけがちですが、そんなもので聴く者の耳を籠絡せずとも、相応の人物が相応に演奏すれば、ただそれだけでじゅうぶんに美しいのですね。

名教師がモーツァルト演奏の手本を示した、といったら四角四面で干物のごときそれを想像するかも知れませんが、まったく違います。清冽でまろやかな水がこんこんと涌き出でてやまぬ、そんなモーツァルトをお聴きください。
  1. 2017/07/17(月) 22:13:43|
  2. 器楽曲

ギュトラー指揮の 《ジュピター》 シンフォニー

              ルートヴィヒ・ギュトラー指揮の 《ジュピター》 シンフォニー

              P1000098_02.jpg
         ザルツブルク駅到着直前に車中から撮影

      mozaiku01.jpgプラハ城内聖ヴィート教会のステンドグラス

さて、モーツァルトのシンフォニーが41曲なわけではありませぬが (では何曲?……これは超難問ですね、呵々)、旧全集第41番が最後のシンフォニーであることは周知のこと。

ザロモン (Johann Peter Salomon、1745─1815) 命名による 《ジュピター》 の名が示すように、まさにゼウスのごとく響き渡る宇宙的調和の世界がここにはあります。“ジュピター主題” ともいわれるそれは、〈ド・レ・ファ・ミ〉 というたった4音から成立し、これがすべての主題・副主題・推移部分を支配しているのです (第4楽章に限らず!)。モーツァルトはおのが最後のシンフォニーに、最も単純・簡潔な手法で挑み (ハ長調!)、いにしえピタゴラスの想い描いた “天球の音楽 (The music of the spheres)” を現前せしめたのであります……

……なんぞと大言壮語もはなはだしいけれども、ニール・ザスローの指摘を待つまでもなく、第1楽章第2主題、110小節からのあのちょっと惚けたメロディーは、1788年に作曲したバスのためのコンサート・アリア (アリエッタ) 《手に口づけすれば》 K.541の引用であること、一聴明白。

このアリア、パスクワーレ・アンフォッシ作のコミック・オペラ 《幸運なる嫉妬》 の挿入曲なんですが、歌詞(ダ・ポンテ作か)はざっとこんなもの─

   手に口づけをすれば、君に奇跡が起こり、
   君は麗しき娘と結婚したくなりますぞ。

   けれどね、君は少しおつむが弱いから、
   かわいい我がポンペーオ君よ、
   世の習わしこそ学ぶべきでしょうな…


この後半3行部分の旋律が 《ジュピター》 に引用されているのですねぇ。これは才気ある仏人ムッシュ・ジロが、世慣れずおくてのドン・ポンペーオ君に対し、半ばからかいつつ求愛の危険を勧告する場面のアリア。この引用、完全にモーツァルトの高等な悪戯、否、おのが曲にユピテルなんて荘厳な神名、つけられた頃には墓の中ですもんねぇ。まあ、こうした引用はモーツァルトも時折おこなう常套手段で、古来の手法でもあり。

ところで、実は亭主、さほど好んでは聴かない 《ジュピター》 の佳演てどれだろう……あらためて考えると意外にも最も悩む曲となってしまいましたよ (39番や40番以上に)。

もちろん、亭主一押しの晩年ヨッフム盤 (バンベルク交響楽団) は大変な名演、デイヴィス盤 (ドレスデンとのセッションではなくヴィーン・フィルとの88年・94年のライブ録音) は彼を再認識させてくれたし、アーノンクール盤 (ヨーロッパ室内管弦楽団との91年のライブ録音) は映像ともどもやっぱりスゴい。クリップス盤 (アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団。SACDで!) はいらぬ小細工をしない分、曲本来の大きさをかえって一番現出しており、ピリオド楽器では終楽章快演のピノック盤 (佳き装置で聴くべし!) も推せるけれど、コープマン盤 (91年の東京ライブ録音) が一聴ゴツゴツした混沌から立体的な構造を顕示し、まさに活きている 《ジュピター》。他に、古いところの (ワルターはともかく) トスカニーニ、セル、ベーム (スタジオ録音ではなく複数ある海賊盤ライブ録音のもの) などそれぞれに名演を繰り広げていますが、今日は最近聴き返したもののなかで感心させられた、旧東独の名トランペット奏者 (!)、ルートヴィヒ・ギュトラー指揮によるモダン楽器使用の室内管弦楽団盤を紹介しましょう…なんとまあ…

     guttler01.jpg    guttler06.jpg ルートヴィヒ・ギュトラーとザクセン・ヴィルトゥオージ

ザクセン・ヴィルトゥオージ (Virtuosi Saxniae) なるオーケストラ (1986年創設) を御存知の方はそうそうおられないとは思いますが、聴けば分かるようにかなりこなれた精緻なアンサンブルを聴かせます。それもそのはずで、よくよく欧文解説をけみしてみれば、この団体のメンバー全員が老舗ドレスデン・シュターツカペレ所属であったのでした!

     P1000252_03.jpg     P1000274_02.jpg 亭主謹影 (右は修復成った聖フラウエン教会)

ドレスデン・シュターツカペレのモーツァルトといえば、81年にデイヴィスとこの 《ジュピター》 の名演を残しており (PHILIPS、カップリングの第39番がとても佳い─ 過去記事『シュターツカペレ・ドレスデンの交響曲第39番』 参照)、かつアーノンクールとは金管群炸裂の壮絶な 《ハフナー》 《ポストホルン》 両セレナードを既にものしているのであります (TELDEC)。この相反する (?) 二人の指導を一度ならず受けるとこんな演奏になるのか、とひとり頷くことしきり。伝統あるオーケストラの名前を棄てて、彼らは実に潑剌としつつ飽きのこない演奏を繰り広げております。特に終楽章は速すぎない絶妙なるテンポ感で秀演。内声の出し方が少しくアザトイとするむきもありましょうが、亭主はそう思いませんね。

亭主としてもこれがかの 《ジュピター》 最良の決定盤だとまではいいませんが、伝統ある大交響楽団でもなく (もちろん著名な指揮者を伴う)、単なるピリオド楽器使用のオーケストラでもなく、モダン楽器を用いながらも18世紀的な演奏をかなり意識した、あるいは意識しているつもりのアーノンクール、マッケラス、マリナーらの演奏ともちょっと違う、ひとつの新しいモーツァルト像を提示していることは確か。以下の音盤、見巧者いや “聴き巧者” の方こそ御一聴くださいませ。

   guttler04.jpgディヴェルティメントも佳演です。

■0017132BC[Berlin Classics] 2000年録音
・セレナータ・ノットゥルナ K.239
・ディヴェルティメント K.137
・ディヴェルティメント K.138
・交響曲第41番 K.551《ジュピター》

   ルートヴィヒ・ギュトラー指揮
   ザクセン・ヴィルトゥオージ


   guttler07.jpg誰もが食傷のアイネクも良いですが、29番が佳演。

■0110004[Berlin Classics] 1991年録音
・アイネ・クライネ・ナハトムジーク K.525
・ディヴェルティメント K.136
・交響曲第29番 K.201


   guttler08.jpg難曲40番を淡々と切り抜けています。

■0011462BC[Berlin Classics] 1997年録音
・交響曲第36番 K.425
・交響曲第40番 K.550


   guttler05.jpg33番ではドレスデンの潤沢なる弦が冴えます。

■0011682BC[Berlin Classics] 1997年録音
・交響曲第38番 K.504
・交響曲第33番 K.319


   guttler03.jpg上記音盤からの3枚組選集。残念ながら29番は入っていません。

■BC0013802[Berlin Classics]

          1943_1949.jpg     P1000268_01.jpg

   左: ドレスデンの街並み─上: 爆撃前 (1943年) と下: 爆撃後 (1949年)。
      かつての聖フラウエン教会が美しい。
      アルテ・マイスター絵画館 (Gemäldegalerie Alte Meister) にて購入
   右: 亭主謹影の絵画館
  1. 2016/02/01(月) 15:18:09|
  2. 推薦盤

エリック・ヘープリッチによる4種のバセット・クラリネット五重奏曲

         エリック・ヘープリッチによる4種のバセット・クラリネット五重奏曲

炎埃の候、亭主はわりあいゆるゆると過ごしております。信夫の丘を散策しつつ、クラリネットを聴きつつ…。朝には五重奏曲、昼には未完の断章3篇……以下、追補しつつ旧稿整理を。

           iya02.jpg    iya01.jpg    iya03.jpg
  奥山踏み分けた徳島の秘境「祖谷渓」。古民家の「篪庵」(ちいおり)に泊まってきました…一棟貸切です。

近頃 (といっても少しく前のことになりますが) 驚いたことのひとつは、名手ヘープリッチが4度目のクラリネット五重奏曲 K.581を録音したことです。たぶん、その筋では大いに話題になったのでしょうが、音楽雑誌類をまったく買わなくなって久しい亭主には、皆目わかりませぬ。彼は来日してレクチャー・コンサートをおこなっているようなので、それをお聴きになった方は、多々説明があったでしょうねえ。

同じ演奏家が同じ曲を何度も録音する、そのこと自体はさほど珍奇なことでありませんが、ピリオド楽器による室内楽曲にあっては、他に例がありますかね…。曲が曲だけに (クラリネット奏者にとっての最重要レパートリーのひとつであり、試金石ですね) 、たとえばモダン楽器の第一人者、カール・ライスターは、亭主が知る限りでも5種 (!) の録音を残していますけれども…。ちなみに愛聴のライスター演奏はウィーン弦楽四重奏団との81年録音盤ですね (CAMERATA:25CM170)。

ヘープリッチは、クラリネット協奏曲も3回録音しているのですが (85年・蘭PHILIPS、96年・米MUSIC MASTER、01年・西GLOSSA) 、複数回録音している、否、録音せざるを得なかった主因に、不明な点の多かったバセット・クラリネットについて90年代、新たな知見がもたらされたことがあることは、彼の場合、ほぼ間違いないことだと推します。

モーツァルトからふたつのクラリネットの名曲、すなわち五重奏曲 K.581と協奏曲 K.622とが生まれた背景に、フリーメイスン仲間、アントン・シュタードラー (1753-1812) という天才奏者の存在があったことはあまりに有名なことですな。低音 (シャリュモー) 好きのシュタードラーは、腕の立つ楽器職人、テオドール・ロッツとともに楽器の改良を進め、最終的に半音ピッチで4つ下 (記譜のC) まで音域を拡大したらしいのです。これは、バセット・ホルンの音域に重なるため、特にバセット・クラリネットと呼ばれたクラリネットにあっても、ことさら低音域が拡大されたシュタードラー独特のものでした。彼は、この低音部拡大楽器を好んで演奏し、またモーツァルトも彼のこの楽器のために五重奏曲・協奏曲を作曲したのであります。

とはいえ、わりあい演奏困難なこの楽器自体はまったく普及することなく、シュタードラー一代で消滅、モーツァルトの自筆譜もシュタードラーに手渡された以降、現在まで行方不明。楽器も残存せず、結果、1800年代初頭の出版譜 (現行譜の基礎) においては、両曲ともにことごとく普通のA管クラリネットで吹けるように楽譜が改竄されているというありさま。

1960年代、ようやく新資料 (出版譜の誤謬をいちいち指摘する無署名の批評文、1802) の発見によって事態は展開し、協奏曲の草稿 (バセット・ホルン協奏曲断片 K.621b) などをも参考に、一応、低音部拡大のバセット・クラリネット版復元譜が作成され始め、80年代から録音もされるようになりました。これについては、特集 《バセット・クラリネットに浸る夜長 ~ クラリネット協奏曲にて》 を御参照あれ。

しかし、シュタードラー改良の楽器そのものはついに発見されなかったため、奏者 (特にピリオド楽器系奏者) は、諸事を参考に想像したシュタードラー・バセット・クラリネット (またはそのモダン仕様楽器) を使用していたわけです。もちろん、一般にはまだまだ通常クラリネットによる改編譜演奏もさかんですね。

ところが、1993年にアメリカの研究者が発見したアントン・シュタードラー主催のコンサート・プログラム (モーツァルト没後の1794年、於現ラトビアの首都リガ) 中に、なんと使用楽器のスケッチが残されていたのです。それはきわめて特異な形状を呈しており、吹き筒に対して90度に円球型ベルが取り付けられているといったもの。ピリオド楽器系の奏者ならずとも驚愕したそう。研究熱心で、かつ自身楽器製作を能くするヘープリッチは、早速この楽器を復元、そうして既に録音を済ませた、と思っていた協奏曲、および五重奏曲を再録音、また何故か再々録音したというわけなのです。

riga1.jpg
 リガ・コンサート・プログラム(1794)に載った
 シュタードラー・バセット・クラリネットの挿絵


  riga2.jpg



 エリック・ヘープリッチ復元製作による
 シュタードラー・バセット・クラリネット
 

エリック・ヘープリッチ (ヘープリチ、ヘープリヒ、ホープリッチなどとも表記。最近はホープリッチが多い気がします) は、バセット・ホルン、バセット・クラリネットを初めとするピリオド楽器系クラリネットの第一人者。研究家でもあり、楽器製作もおこないます (けっこう愛用者がいるようですな) 。ブリュッヘン率いる18世紀オーケストラのメンバーですが、他団体にも引っぱりだこ (最近ではBISレーベルでピアノ協奏曲を陸続録音中のケルン・アカデミーで吹いていますね)。

自身主催のアンサンブル、“ナハトムジーク”も活潑に演奏を繰り広げており、GLOSSAレーベルから佳盤の数々が出されております (文質彬彬「グラン・パルティータ」の項参照) 。シュタードラー・トリオやニュー・ワールド・バセット・ホルン・トリオ等を折にふれ結成し、リーダーとして録音に臨んでもおります。モーツァルトのクラリネットに関係する曲は、アリアのオブリガート (《皇帝ティトゥスの慈悲》等) を含めてほとんどすべて録音済みだと思いますね (ああ、《ケーゲルシュタット》 K.498だけないかも…) 。

ヘープリッチが、いかにピリオド楽器による演奏において重要なるクラリネット奏者であるかを示すに、以下の一事をもってしても十分に推し量れましょう。それは……

モーツァルトの名曲、ピアノ五重奏曲 (p、ob、cl、hrn、fg) K.452は、ピリオド楽器による演奏に必ずしも恵まれているとはいえないのですが、そのようななか数少ない佳演、すなわち94年録音のATTACCA盤 (9684) と98年録音のKLEOS盤 (KL5105) とにおいて、まったく相違するメンバーとともに、ふたつながらクラリネットを担当しているのは、エリック・ヘープリッチそのひとなのであります。

hoeprich_attacca.jpgATTACCA盤 hoeprich_kleos.jpgKLEOS盤

attacca_back.jpg
 ATTACCA盤の奏者 (ピリオド楽器の名奏者揃い踏み!)

   エリック・ヘープリッチ(Cl)、 クー・エビンゲ(Ob)
   ダニー・ボンド(Fg)、 アブ・コスター(Hrn)



そんな彼が約20年間のうちに録音した4種のクラリネット、正確にはバセット・クラリネット五重奏曲の詳細は以下のよう……

1.18世紀オーケストラ団員 (1987)
  蘭[PHILIPS:420 242-2]

 カップリング:クラリネット協奏曲 (フランス・ブリュッヘン指揮、18世紀オーケストラ)
 使用楽器:バセット・クラリネット *詳細不明
hoeprich_18c.jpg

 Ⅰ.9:15
 Ⅱ.5:51
 Ⅲ.7:18
 Ⅳ.9:22

2.ミュージック・フロム・アストン・マグナ (1991)
  仏[HMF:HMU907059]

 カップリング:ホルン五重奏曲 (hrn:ロウエル・グリーア)、弦楽五重奏曲K.516
 使用楽器:バセット・クラリネット
  *1785年頃、テオドール・ロッツ製作をモデルにしたヘープリッチ自身によるコピー。
hoeprich_magna.jpg

 Ⅰ.9:10
 Ⅱ.6:01
 Ⅲ.6:35
 Ⅳ.8:42

3.ミュージック・フロム・アストン・マグナ (1999)
  米[CENTAUR:CRC2561]

 カップリング:クラリネット五重奏曲断章K.516c (Anh.91) [ロバート・レヴィン補完版]、
         フルート四重奏曲K.285e・298
 使用楽器:バセット・クラリネット
  *1794年、リガでのアントン・シュタードラー主催コンサート・プログラム (1993年発見) 中
    のスケッチを基にしたヘープリッチ自身による復元楽器。
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 Ⅰ.9:40
 Ⅱ.5:52
 Ⅲ.6:59
 Ⅳ.9:18

4.ロンドン・ハイドン弦楽四重奏団 (2004)
  西[GLOSSA:GCD920607]

 カップリング:ブラームス・クラリネット五重奏曲Op.115
 使用楽器:バセット・クラリネット
  *同上リガ・プログラムとウィーン・モデルを基にしたヘープリッチ自身による復元楽器
    (ブックレットに1992年作とあるのは誤りか)。
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 Ⅰ.9:29
 Ⅱ.6:23
 Ⅲ.7:08
 Ⅳ.9:28

上掲盤、いずれも一聴に値する佳演でありますが、最新盤の4が最高か、といえば実はそうともいえませぬ。多分、これだけ聴く分には感じないのでしょうが、亭主が最高だと思う3のCENTAUR盤を聴いた後では、浮ついた荒い演奏に聞こえます。参考までに演奏時間を楽章毎に上記しておきました。けっこう変化がありますね…。

あっさり、ほのぼの、とした2のHMF盤も捨てがたいのですが、これや1のPHILIPS盤を超えてすばらしいのは、やはり3盤です。バセット・クラリネットの深い音色、管と弦とのバランス、速すぎない絶妙のテンポ感、過不足ない装飾…等々、どの面をとっても他盤をしのいでおります。メヌエット、トリオ部での歌い方も魅力的ですねえ。

亭主には、なぜ5年後にGLOSSA盤を再録音したのかわかりませんが、おそらくカップリングのブラームスの録音に重点があったのではないでしょうか。こちらはなかなかの名演。

要するに、4種も存在するヘープリッチのクラリネット五重奏曲ですが、もしひとつだけ聴くとしたら3のCENTAUR盤ということです。93年に発見されたシュタードラー・バセット・クラリネットのスケッチから自作した楽器による、彼の初めての五重奏曲録音として気合い十分ですし、おまけとして嬉しいのは、珍し (くもないか、最近は…) クラリネット五重奏曲断章 K.516cがロバート・レヴィン補完版でカップリングされてもいるのです。この補作、相変わらずレヴィンの色気があり過ぎますね、良くも悪しくも。フランツ・バイヤー補完版の方が素直かな。

     516c
     ロバート・レヴィン版とフランツ・バイヤー版の補作が同時
     収録されたザビーネ・マイヤー盤 [AVI:4260085532162]

架蔵するピリオド楽器によるクラリネット五重奏曲の90年代録音には以下のものがあり(2000年代は後日まとめます)、コレギウム・アウレウム盤はともかく、それぞれに佳演ですが (愛聴盤に◆印を附しておきます) 、ヘープリッチ盤に一日の長あり。亭主としては、ぜひアントニー・ペイとジャン=クロード・ヴァルハンとに、リガ・プログラム・モデルでの再録音を望みたいです。ヘープリチさん、他の奏者にも機会を与えてくださいな。

 ハンス・ダインツァー & コレギウム・アウレウム盤 (76、HMD)
 クルト・ビルサク & ディヴェルティメント・ザルツブルク盤 (80、CLAVES)
 アラン・ハッカー & ザロモン弦楽四重奏団盤 (84、AMON RA)
 アントニー・ペイ & アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック団員盤 (87、L’OISEAU-LYRE) ◆
 ジャン=クロード・ヴァルハン & シュタードラー弦楽四重奏団盤 (92、K617) ◆
 ヴォルフガング・メイヤー & クワチョール・モザイク盤 (92、ASTRÉE) ◆


※なお、ヘープリッチは先年来日し、東京バッハ・モーツァルト・オーケストラ (有田正広指揮) とクラリネット協奏曲を披露、リガ・プログラム復元モデルで演奏しました。話題になったのかね…
  1. 2015/07/30(木) 17:22:24|
  2. 室内楽曲

えっ、フォーレのレクイエム

           えっ、フォーレのレクイエム!?

薫風緑樹 ――天候いささか不順なれど目に映る景は優しいころとなりました。

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   散歩中……荒川から吾妻連峰を望む……田植えの季節ですね

銀蛇亭がモーツァルトを差しおいてフォーレを語るときがこようとは……世も末、否、亭も末にして衰微剥落の予兆でありましょうか。それもレクイエムです ――

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M以外のレクイエムや哀歌群―通称“死者の棚”    アンサンブル・オルガヌムの定番オケゲム

このところ、15世紀から20世紀に書かれたレクイエムを聴きかえしております。特に、現存最古の多声部レクイエムであるヨハンネス・オケゲム (1410頃-1497) のそれは日課のように響いており、音盤も十指を超えるありさま。最近では、アンサンブル・オルガヌムのクセはあれども定盤(92年) の演奏よりは、男声のみによる精緻なるカペラ・プラテンシス盤 (11年、SACD) と独特の声部の重なりで聴かせるジョスカン・カペラ盤 (04年) とを愛聴。しかし、その反動としてバランスをとるレクイエムも必要となりまして、近ごろはモーツァルトを通りこし、フォーレなんぞという、いとベタベタなレクイエムに落ちついております。

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     カペラ・プラテンシス盤       ジョスカン・カペラ盤

もちろん亭主も幼少のおりフォーレは通過しているわけであり、泣く子も黙る御大クリュイタンス指揮とパリ音楽院管弦楽団の名盤 (62年) や現在でもベスト・チョイスに挙げられることの多いコルボ指揮の初盤 (72年、独唱はボーイ・ソプラノ!) をレコードで散々聴きましたよ。今ではどちらも簡便なCDになっておりますが、買い直してはおりません。

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     クリュイタンスの名盤(LP)     コルボの定番            ジュリーニ盤

ところが、その昔に亭主が初めて買ったCD群に、何とフォーレがあったんですねぇ。懐かしい「F35G」(3,500円です!)で始まる品番をもつジュリーニ指揮のドイツ・グラモフォン盤 (86年) であります。朦朧とした演奏 (もちろんフル・オケ版の第3稿) で、近ごろはついぞ聴いていませんが、転居の混乱をかいくぐり、いまだに手元に残存しているところをみると、相応に気にいっていたのかもしれませぬ。

ガブリエル・ユルバン・フォーレ (Gabriel Urbain Fauré 1845-1924) のレクイエム ニ短調 Op.48は、作曲・成立の経緯がだいぶ煩雑であります。有名曲ゆえ他書・他所で多く語られるところなのでここはごく簡単に……

第1稿: 1888年1月16日にパリ・マドレーヌ寺院にて初演。指揮は楽長だったフォーレ自身。「入祭唱とキリエ」、「サンクトゥス」、「ピエ・イエズス」、「アニュス・デイ」、「楽園にて(イン・パラディスム)」の5曲構成。「リベラ・メ」は1877年に作曲されていたらしいが、初演時は含められず。

第2稿: 1892年1月28日、サン=ジェルヴェ教会の国民音楽協会演奏会にて演奏。「奉献唱」と「リベラ・メ」が附加され7曲構成。のちバリトン独唱部分に手が入れられたため、「1893年版」と呼ばれる。この稿は自筆譜が紛失しているので、ジョン・ラター校訂版 (1984年) やジャン=ミシェル・ネクトゥー校訂版 (1988年) などで演奏される。近年、室内楽的小編成によるこの稿での演奏増加。

第3稿: 従来一般的に演奏されてきた稿。アメル社から出版された管弦楽版。1900年5月にリールにて初演。「1900年版」とも呼ばれる。ただし、オーケストレーションはフォーレ自身によるものか疑問視されている。フォーレの意図に近いと思われる第2稿が好まれつつあるゆえん。


ということで、特段フォーレ好きとはいえない銀蛇亭の主ではありますが、それでもそのレクイエムを何十枚かは架蔵しておりますので、以下このところのお気に入りを少々……全篇dolce (優しく) の難曲ならぬ軟曲で、ふだんモーツァルトを聴いている者には、旋律も構成もオーケストレーションもいまひとつですが、やはり抗しがたき魅力が芬々としてあるんですよね ――

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  コルボ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィア盤     ベスト指揮コリドン・シンガーズ盤

まず、名匠ミシェル・コルボは少なくとも4種の音盤があります。亭主が選ぶのは、既名盤化している初盤 (72年) ではなく、最近どこぞの賞をとったとかで評判のヴァージン盤 (92年、カップリングのモツレクともども良くない!) でもなく、日本公演ライヴ盤 (05年) でもない、シンフォニア・ヴァルソヴィア盤 (06年) です。第2稿による演奏で、コルボにしては緩急の効いたかなりメリハリのある演奏。これはオケの質にもよるのでしょう。「アニュス・デイ」は期待に相違して快活でよろし。ネクトゥー1988校訂版による演奏です。

第2稿の名演として亭主が長らく聴いてきたのは、マシュー・ベスト指揮、イギリス室内管弦楽団、合唱コリドン・シンガーズのハイペリオン盤 (87年) ですね。亭主は、デュリュフレのレクイエムとカップリングされた盤で楽しんでおります。

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      ヘレヴェッヘ第2稿盤       ヘレヴェッヘ第3稿盤        ガーディナー第2稿盤

ピリオド楽器系では、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮、オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク、モンテヴェルディ合唱団の優等生盤 (92年) よりもフィリップ・ヘレヴェッヘ指揮、シャペル・ロワイヤル、アンサンブル・ミュジック・オブリクのハルモニア・ムンディ盤 (88年) の評判がたいへん良いようです。メロンの独唱を含めて確かにうまいですね。しかし、亭主は稿としてはこの第2稿が好みながら、ことヘレヴェッヘ指揮に関しては、諸処 (特に独唱) に難あれども新しい管弦楽第3稿の演奏をとりたいと思います。

ネクトゥー氏校訂になるアメル新版 (1998年) を用いての盤 (01年) で、合唱も見事なもの (19世紀末のパリの発音を考慮したとか…ピエ・イエズス等でよくわかります)。考証の結果採用されたポジティフ・オルガンの音色が、味があり過ぎて少しくショボイのですが、カップリングされたフランクの交響曲ニ短調ともどもなかなかの名演ですね。

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      ジョン・ラター盤(第2稿)      パーヴォ・ヤルヴィ盤(第3稿)

その他、第2稿ではイギリスの作曲家、ジョン・ラターの校訂版を自身が指揮したケンブリッジ・シンガーズ盤 (84年) が室内楽版の佳さを存分に醸しており秀演。雰囲気を重視しすぎてモヤモヤ模糊とするフォーレが多いなか、見透しの良い健康的 (?) なレクイエムを聴かせてくれます。ヴァイオリンのソロは、なんとサイモン・スタンデイジ。ボーイ・ソプラノとまごうばかりのソプラノは、かなり意図的にヴィブラートを廃しております。これはお薦めの盤です (ごく一部マスター・テープに欠陥があるようです)。

やはりフル・ヴァージョンでなけりゃ……という御仁には、低音響く新しいパーヴォ・ヤルヴィ指揮、パリ管弦楽団、パリ管合唱団のライヴ盤 (11年) はいかがかな。ソプラノ独唱部に気鋭のカウンターテナーであるフィリップ・ジャルスキーを起用していて、この男声の妖艶さは好悪が分かれるか。カップリングは、「ラシーヌの雅歌op.11」「チェロと管弦楽のためのエレジーop.24」「管弦楽と混声合唱のためのop.50」「バビロンの流れのほとりに」と盛りだくさん。

フォーレのレクイエムこそSACDで聴きたい、という方は、以下がお薦め。

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       テネブレSACD盤        スパンヤールトSACD盤

タリス・スコラーズとキングズ・シンガーズというスゴい大名アンサンブルでカウンターテナーを務めてきたナイジェル・ショートが率いる合唱団「テネブレ」によるラター校訂版使用の最新盤 (12年)。ヴィクトリアのレクイエムも良い演奏でしたが、こちらも佳演。ヒリヤード・アンサンブルのアルバム群 (サックスが少々耳につく「officium」等) をホウフツとさせる選曲の妙がひかり、バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ、教会カンタータ「キリストは死の縄目につながれり」などの後にフォーレのレクイエムを位置させるという凝った趣向。弦は、ロンドン交響楽団の室内アンサンブルです。ただし、勝手に(良くいえば任意に)ティンパニを削除しています。

もう一つは、エト・スパンヤールト指揮、オランダ室内合唱団、マーストリヒト・リンブルフ交響楽団によるペンタトーン盤 (04年)。あまり知られておらず、かつSACDの効能いまひとつですが、滋味豊かな管弦楽版の演奏です。クリスティアーネ・エルツェがソプラノ独唱を務めております。

さても最後に愛聴の珍盤を二枚 ――

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       オルガン伴奏盤           ピアノ独奏盤

フレドリク・マルムベリ指揮、スウェーデン放送合唱団によるBIS盤 (04年) は、なんとオルガン伴奏版 (マティアス・ヴァグナー編)。いつもながら澄明な北欧名合唱団とオルガン、これがSACDの奥行きで立ちあがります。カップリングはデュリュフレのレクイエム、これはオリジナルのオルガン伴奏版でこちらも好演。

そして、フォーレ 《レクイエム》 のピアノ独奏版! 奇才といっていいエミール・ナウモフ編曲・演奏によるピアノ・ソロ盤 (99年) であります。最近、カール・チェルニー編曲になるモーツァルト 《レクイエム》 のピアノ版も、ディエゴ・マッカノーラとフランチェスコ・パスクァロットとによる4手ピアノ伴奏版 (10年) として、また小川京子 (海老澤敏の奥様!) によるピアノ独奏版 (12年) として相次いでリリースされましたが、このフォーレはクセになります。当然ながら歌唱はないのですが、自然と頭に鳴り響き、またラテン語が口にのぼります……。カップリングはフォーレの夜想曲で秀逸。

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     モツレク・4手ピアノ伴奏盤      モツレク・ピアノ独奏盤

拙稿を成すにあたり、フォーレ三昧になりました。なんだかバロック調のレクイエムを無性に浴びたくなります。いかにもなフランス・バロック、アンドレ・カンプラ(André Campra 1660-1744)とジャン・ジル(Jean Gilles 1668-1705)の華やかなレクイエム(後者は行進曲付き)をヘレヴェッヘ指揮で聴こう!

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      カンプラのレクイエム           ジルのレクイエム

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2013/05/15(水) 17:17:00|
  2. 声楽曲

やはりレクイエム

            やはりレクイエム ―3月11日亭主謹白

あの震災から2年、なんだか1年目よりも思うところ有り。モーツァルトのレクイエムも良いけれど、今日は久々に街にも繰りださず一人静かに自宅にて献杯……ということで、少々古風なレクイエムにしてみました。

更新遅滞の当 《銀蛇亭贅語》 が震災前に予告していたシリーズ 《レクイエムのあとさき ~ モーツァルト・レクイエム受容史》 のために蒐集していた19世紀中葉までの種々のレクイエム音盤約300枚の中から今日はトマス・ルイス・デ・ビクトリア (Tomas Luis de VICTORIA 1548-1611) の6声のレクイエム (1605年) を流すことにしました。

ルネサンス期にあって最も著名なレクイエムゆえに音盤も多数あります。既に定盤となっているタリス・スコラーズの名演やザ・シックスティーンの秀演、また、ナイジェル・ショート率いるテネブレの新盤もありますが、今日はフィリップ・ケイヴ指揮、マニフィカトの禁欲的演奏でしんみりと拝聴。

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   タリス・スコラーズの超名演     ザ・シックスティーンの秀演      テレブレの新盤

  今日聴いたのは……
                vic_man.jpg  [LINN:CKD060](1999年録音)
                死者のための聖務曲集
                6声のレクイエム

              フィリップ・ケイヴ指揮、マニフィカト


明日も現存最古の多声レクイエムであるヨハネス・オケゲム (Johannes Ockeghem ca.1410-1497) やピエール・ド・ラ・リュー (Pierre de La Rue ca.1460-1518) のレクイエムを、真空管アンプのほのかな光のもと、しずしずと聴こう。

この二年間、遠方より心を寄せてくれた友、来駕のうえ盃を傾けてくれた友にあらためて御礼申し上げます。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2013/04/18(木) 13:52:45|
  2. その他

教会ソナタ新収珍盤5種

               教会ソナタ新収 「珍種」 5盤

明るい夕方から語らいながらの美味しいお酒、佳い店とお料理は格別。先日はお江戸で研究発表をしたついでに亀戸天神にて参拝と観梅。恒例により鳥居横の舟橋屋でくず餅を食して帰りました。錦糸町界隈はどこからでも例の 「空木」 がニョキニョキと屹立しており、天神さんも居心地悪そう……そういえば泊まった部屋からもキレイに見えたことでした。
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  亀戸天神と空木        部屋からの空木2影

さて、かつて 「文質彬彬 (10) 教会ソナタ〈全曲〉 ~ 亭主推薦盤12選」 と題し (その1) (その2) の2回にわたってモーツァルトの珠玉名品集 「教会ソナタ」 、正確にはソナタ・アレピストラ (Sonata all’epistola) を取りあげましたが、その後の亭主新収の同曲音盤に珍種が多くありましたので、補遺としてここでいくつか御紹介いたしたく思います。

■金管五重奏版
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[London Independent:LIR010]
Mardi Brass ~ The Evolution of The Brass Quintet
エヴォリューション・オヴ・ザ・ブラス・クィンテット

 ルネサンス組曲 (ウルフ編)
 パーセル:シャコンヌ (マックスウェル編)
 ヘンデル:協奏曲ヘ長調 (マックスウェル&ハモンド編)
 フィエルダンク:ソナタ (ウルフ編)
 ラモーガヴォットと変奏曲 (マックスウェル編)
 ベルリオーズ: 《ファウストの劫罰》 より2つの情景 (ミラー編)
 モーツァルト:3つの教会ソナタ (ハッサン編)
 エヴァルド:金管五重奏曲第2番Op.6

  マルディ・ブラス  録音:2004年


何とここでは金管五重奏 (トランペット2、ホルン、トロンボーン、チューバ) で教会ソナタが編曲演奏されています。といっても上掲のごとくK.329、67、263の3曲のみ。合間に唯一のAndantinoである初期作K.67を挿入し、3楽章ソナタ風にしたのでしょう。

これまでもモーツァルトの楽曲を金管五重奏版に編曲する試みは、例えばカナディアン・ブラスやエンパイア・ブラスなどいくつかありましたが、それらはトルコ行進曲だの 《魔笛》 序曲だの 「夜の女王のアリア」 だのと名曲アンソロジーが主だったので、当盤の存在は貴重です。

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   カナディアン・ブラス盤   エンパイア・ブラス盤

マルディ・ブラスはイギリスの金管五重奏団であり、みなロンドン王立音楽大学出身者というので腕達者揃いかと思いますが、この金管版は編曲としてはあまり成功しているとはいえませんね。曲との相性の問題でしょうが、木管の五重奏や六重奏への編曲の方がむいているように思います。しかし、ブラス好きの方は一聴を。

■オルガン独奏版
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[Carus:18067]
 教会ソナタ【全17曲】 (オルガン独奏編曲:ジグモンド・サットマリー)

  ジグモンド・サットマリー (オルガン)  録音:2008年


ハンガリー生まれのジグモンド・サットマリーももう70歳代でしょうね。亭主はバッハくらいしか聴いたことがありませんが、実を申せばさほど好きなオルガニストではありません。

しかし、やってくれましたね……ありそうでなかった教会ソナタ全曲のオルガン独奏編曲版! 最近ではヴァンサン・ジャンヴランによる 《グラン・パルティータ》 K.361のオルガン独奏編曲版に驚いたばかりでしたが、編曲・演奏が良くなかったので当盤の登場はうれしい限り。独カールスは亭主お好みの良質レーベル (あのペーター・ノイマンを発掘) であり、通好み合唱物編曲版もいくつか送り出していて目 (耳?) が離せません。

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 《グラン・パルティータ》オルガン独奏編曲版

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《エジプト王タモスへの幕間音楽》K.345の宗教的編曲  ミヒャエル・ハイドン《ドイツ・ミサ》とモーツァルト編曲小品集

当盤は原編成に勝るものではありませんが、原曲やオルガンが好きな方は楽しめる一枚です。

■クラリネット・管楽八重奏・バス版
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[Albany:TROY1330]
Dennis Nygren ~ A Clarinet Collective
クラリネット・コレクティヴ

 レイモン・ガロワ・モンブラン:6つの音楽的エチュード
 フランク・ウィリー:起動と精霊の踊り
 アラン・ストート:ムーヴメント
 マリー・アン・グリーブリング:四大元素
 ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
 ドビュッシー:4つの歌曲
 ケント・ケンナン:哀歌
 モーツァルト:4つの教会ソナタ K.68、67、244、336

  デニス・ナイグレン (クラリネット)
  ワイン・ゴーダー指揮 モーツァルト・アンサンブル 録音:2011年


ナイグレン (ケント州立大学教授) は吹奏楽の人ですが、クラシックの編曲物も多く手がけています。現代曲が得意なので、当盤でも上掲前半部の編曲・演奏が優れています。

しかし、ケント・ケンナン (2003年没) の 「哀歌」 の後に鳴り響くモーツァルトの教会ソナタ、それもクラリネットと管楽八重奏 (Ob2、Cl2、Fg2、Hrn2) という少々ガチャガチャした演奏には違和感がありました。既述ブラス版に同じく第2楽章に緩徐楽章を配置し、第3楽章に3拍子のK.244を添え、全4楽章の統一感を出そうとしているようですが、自身最新の編曲 (2010) ともども無理があるように思われます。前半が良かっただけに残念。もそっとシンプルに木管リード楽器3種クラリネット、バセット・ホルン、ファゴットなんていう編曲版を期待したくなりました。

それにしても米Albanyレーベルは管楽器系編曲物の宝庫ですね。名手エリック・ラスクによるホルン・ソナタ (ヴァイオリン・ソナタK.378の編曲!) やピエール・シュバリエによるユーフォニウム協奏曲 (ファゴット協奏曲K.191の編曲) なんかがあったりして編曲マニア必聴の音盤が多々ありますよ。こういうシロモノはモーツァルトだけでチェックや検索をしていると見落としてしまうので要注意です。

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   The Classic Horn     The Classic Euphonium

■SACD盤
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[Pentatone Classics:PTC5186150]
 ダニエル・コルゼンパ (オルガン)
 ヘルムート・ヴィンシャーマン指揮
 ドイツ・バッハ・ゾリステン  録音:1972年


これは新譜でも珍盤でもなく周知かつ往年の録音のSACD盤登場です。教会ソナタの音盤がまだまだ少なかった時代、パイヤール指揮のマリー=クレール・アラン盤 (ERATO、64年) とともに名盤 (? 教会ソナタの場合は殊にふさわしくない表現ですが) とされたものですね。モーツァルトの教会ソナタでSACDなのは当盤と 「文質彬彬」 で既述のマルティン・ハーゼルベック & ウィーン・アカデミー盤だけでしょう。

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   フィリップス旧盤       パイヤール & アラン盤

今はなき蘭フィリップス原盤を地味ながらSACD化している雄ペンタトーンからの一枚 (2枚組です) で、久々にこの72年録音コルゼンパ & ヴィンシャーマン盤を聴き直しました。

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   名匠クリップスの名盤は 《パリ》《プラハ》 一枚だけSACD復刻

ベルリン・バッハ・ゾリステンは、ピリオド楽器オーケストラが擡頭する以前、イ・ムジチ合奏団 (1952年設立) パイヤール室内管 (1953年設立) などとともに日本でも大人気だったバロックを主要レパートリーとする室内管のひとつ。オーボイストのヴィンシャーマンが1960年にデュッセルドルフにて設立。

今となっては少しくモッサリしていて、かつて感じられた清新さは少なく、SACD化の効果ももう一つですが、常套句 「安心して聴けます」 といったところ。

■J.C.バッハ・カップリング盤
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[Ligia:0104166-06]
J.C.バッハとモーツァルト ~ 教会ソナタ集

 ヨハン・クリスティアン・バッハ:
 オルガン、2つのヴァイオリンと低音のための協奏曲 変ホ長調
 オルガン、2つのヴァイオリンと低音のための協奏ロンド ヘ長調
 オルガン、2つのヴァイオリンと低音のための協奏曲 変ロ長調
 モーツァルト:
 2つのヴァイオリン、オルガン、チェロと低音のための教会ソナタ
  K.67 K.212 K.224 K.244 K.245 K.328 K.336


  オリヴィエ・ヴェルネ (オルガン)
  アンサンブル・in Ore mel (ピリオド楽器)
   ステファニー=マリー・ドガン、ピエール・フランク (Vn)
   ラファエル・シュレティアン (Vc)
   クリスティーヌ・パユー (Bs)

 録音:2005年
 使用楽器:サン=シール・サント=ジュリエト教会、ベルナール・オーベルタン1999年製


オルガン曲を盛んに演奏・録音している仏人オリヴィエ・ヴェルネ (1964年生) ですが、当盤同様マイナー・レーベルへの録音ばかりで日本ではあまり知られていないかも。実は、このLigia Digitalレーベルも彼自身の設立で、モーツァルトの独奏オルガン集も出しております。

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   ヴェルネのモーツァルト・オルガン曲集

当盤では教会ソナタ数曲とともに、モーツァルトが敬愛してやまなかったヨハン・クリスティアン・バッハ (通称 “ロンドンのバッハ” 、セバスティアンの第11子) の聴く機会の少ない合奏コンチェルトが前半に据えられています。

ピリオド楽器のアンサンブル・in Ore melの演奏はギスギスし過ぎない佳演。全曲でないのが惜しいですね。下記オフィシャル・サイト内にてK.336の一部が試聴できます。

     Olivier Vernet

はてさて、かつてはさほど音盤に恵まれていなかったモーツァルトの教会ソナタですが、その魅力にとらわれた演奏家は案外多いようです。無理から己が能くする楽器に編曲してまで演奏しているわけですからね。

ちなみにだいぶ以前、蹴球の中田英寿氏が好きなアーティスト3人とその推薦曲を挙げたうちの劈頭が何とモーツァルトの教会ソナタだったのですよね (『アッカ!!』なるムック本で)。推薦音盤は 「文質彬彬(10)」 でも紹介したトゥロフスキー & ソリー盤 (CHANDOS、87年) でした。意外な選曲かつなんでまたソリー盤 (ぬるま湯的演奏) なのだろう……最後に 「文質彬彬」 での拙言を再掲して閉じましょう。

―― 教会音楽ゆえヴィオラを欠いた単純な小品と捉えがちですが、いや、なかなかに内声の充実した名曲揃いでありまして、モーツァルト10歳 (!) から16歳の作品群とはいえ、こうして眺めますと解釈の幅もかなりありそうです。今後も佳演が登場することでしょうね。亭主としては、オルガンの代わりにチェンバロ (あるいは過日紹介のクラヴィオルガヌム) なんぞを使用した音盤がお目見えしはせぬかとひそかに思うております。……ぜひとも複数の音盤で聴き比べてください。オルガンの種類、弦楽器の数、バス声部の処理などなど、その違いによりそれぞれの魅力を発散する、それがモーツァルトの 《教会ソナタ》 17曲なのですから。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2012/08/09(木) 09:31:31|
  2. 室内楽曲

指揮者ステファン・フルフト

              指揮者ステファン・フルフトなんて知っていますか?

弥生上巳のお雛さんとはいえ雪多し。今宵も美味しいお酒と肴とを堪能してきました。こう寒くてはやはり燗に終始することとなります。

このところ週末毎に隣県の温泉に一泊しては雪見酒。どこに出歩くわけでもなく、木造のお宿でのんびりしております。
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さて、亭主は、若手かつ未知の指揮者がメジャー過ぎないモダン楽器オーケストラを振って、それがやはりといおうかピリオド楽器奏法の影響を受けつつも、よくよく薬籠中のものに消化してモーツァルトに挑戦するのを、このほか好むものでありますが、そんなものが国内盤を発売するようなメジャー・レーベルなんぞから出されるはずもなく、亭主長年渉猟の嗅覚を十二分に効かせて輸入盤をあさりつつアタリをつけるわけなんであります。

そんな音盤は、しかし、ときに超メジャーどころから案外新譜扱いされぬまま、はなから廉価盤で出るものだから、ジャケットのチープさとあいまって、ウサン臭いまま捨ておかれるのが関の山……てなことになりがちになります。

過日届いたこの盤も、ちょいと前から気になりつつも、SONYなんていう大名に亭主の触手はいっかな動かず、曲も今さらながらの大曲、廉価もかえってアダとなり買わずに通りすぎていたものなのでした。

しかしながら、このところ大量に購入している新譜の数々がいずれもいまひとつだったので、不満充溢、かつどうやらこの指揮者がだいぶ若そうだとわかったのでまずは取り寄せてみました。簡素な解説もドイツ語のみ。完全なドイツ仕様のよう。

アタリました……といっても奇蹟的な名盤が出現したわけでも、珍奇なる解釈がお目見えしたわけでもありません。

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  [SONY:88697685852]
  ・交響曲第25番 ト短調 K.183
  ・交響曲第40番 ト短調 K.550

   ステファン・フルフト指揮
   ベルリン・ドイツ交響楽団


オケはともかく、ステファン・フルフト (Stephan Frucht) なんて知らんなぁ、と思い調べてみると、1972年、北ドイツはニーダーザクセン州都ハノーファーに生まれた音楽家だそうで、ヴァイオリンと指揮を能くするようです。ドイツ産業連盟 (BDI) 関連のマネージャーも務めているらしく、何だかようわかりませんが、フランクのソナタやバロック期の協奏曲でソロをつとめている音盤があるそう (亭主未聴)。

上掲音盤は、2008年に有名なベルリン・イエスキリスト教会で録音されたもので録音も優秀。なかなかに聴かせますね。一聴してアーノンクールの影響がそこここに聴かれますが (特に25番終楽章)、中途半端な感じは与えません。それに、オケがベルリン・ドイツ交響楽団!

この、良い意味で弦に潤いのない楽団の音色が、フルフトの解釈とピタリと合っております。ベルリン・ドイツ交響楽団 (Deutsches Symphonie Orchester Berlin) といえば、かの フェレンツ・フリッチャイ が初代首席指揮者を務めた戦後生まれのオーケストラで、旧称はRIAS交響楽団 (RIAS Symphonie Orchester)、その後ベルリン放送交響楽団 (Radio Symphonie Orchester Berlin、旧東独国営放送オケとは別)。往年の愛盤家にはこの方が通るかもしれませんね。亭主にとってはベルリン・フィルより重要なオーケストラであります。なお、RIASはアメリカ軍占領地区放送局 (Radio In the American Sector) の略称。

フリッチャイの頃は多くあったモーツァルト録音も、その後のマゼール、シャイー、アシュケナージ時代にはとんと聞かぬままであり、最近になってヴィンツバッハ少年合唱団を起用しての下掲のレクイエム (2008年録音、ジュースマイヤー版。ティンパニ強打の演奏) があったくらいかなと思っていたので、これは嬉しい一枚でありました。

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  [SONY:88697574752]
  ・レクイエム K.626

   カール=フリードリヒ・ベリンガー指揮
   ベルリン・ドイツ交響楽団
   ヴィンツバッハ少年合唱団


フルフトの指揮はモーツァルトの内声部を意識した芸の細かいものですが、さほど解釈にイヤミは感じさせず、譜面にはないクレシェンドやアーノンクール調の音型処理、何かやらかすであろうと推された40番終楽章展開部冒頭におけるパウゼなども納得のゆくもの。今では亭主もそうそう聴かなくなった小ト短調25番は、久々に堪能しました。特にあまり気にとめられない第3楽章は秀逸。

そうそう、一部ではあありますが各楽章冒頭が以下で聴けますのでどうぞ。

   Frucht-Mozart-Sinfonien

そんなフルフトさん、もっとモーツァルトを振っていないのかと思いましたら、もう一枚ありました。否、もう一枚しかありませんでした。こちらも千円ほどの廉価盤。

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  [SONY:88697685822]
  ・クラリネット協奏曲 イ長調 K.622
  ・ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロのための協奏交響曲 (断章) イ長調 K.320e
  ・交響曲第29番 イ長調 K.201

   ステファン・フルフト指揮
   ベルリン・フィルハーモニー・オーケストラ・アカデミー
   ヴェンツェル・フックス(Cl)


どうやらイ長調でそろえたらしいこの音盤は、2001年の録音、オケはカラヤンが設立したベルリン・フィルのオーケストラ・アカデミー (Orchester-Akademie der Berliner Philharmoniker)。

こちらは前盤ほどではありませんが、フルフトの指揮とオケとは聴かせます。音盤が少ない3弦楽器のための協奏交響曲断章 (フィリップ・ウィルビー補筆版) が入っているのも嬉しい点です。

残念なのは、クラリネットのヴェンツェル・フックスが粗くいまひとついただけないことでしょうか。彼はベルリン・フィルの首席奏者で、このオーケストラ・アカデミーの指導も手がけているのですが……。かのペーター・シュミードルの弟子で、前任はウィーン放送交響楽団ですから音色の相性問題もあるかもしれません。

しかし、29番は快演。前盤よりも以前の録音で奇異な解釈はほとんど見受けられません。もう少し丁寧に演奏してもよいかと思いましたが、これと協奏交響曲で亭主は十分満足でありました。

以下で各楽章の一部が試聴できますよ。

   Frucht-Mozart-konzert

冒頭述べた亭主の 「若手かつ未知の指揮者云々」 のごとき嗜好をおもちの御仁は、そうおらぬと思われますが、この若手、といっても不惑になりたてのステファン・フルフトに注目してみてください。果たして今後モーツァルト録音が出されるか……

最後に以下の映像がありました。ぜひ御覧ください。ステファン・フルフトがエッシェンバッハなど錚々たるピアニストとモーツァルトを奏でております。それもベルリン・ダーレムのイエスキリスト教会で!

   Adagio im Auto - Mozart Klavierkonzerte

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  1. 2012/03/01(木) 23:34:44|
  2. 指揮者

世界初録音:ロセッティ《モーツァルトのためのレクイエム》

            世界初録音: ロセッティ 《モーツァルトのためのレクイエム》
               ~ 言はボヘミアのレクイエムに及ぶ


快雨暑を洗う候、夏祭りやら旧七夕やら花火大会やらで街もにぎわっております。繰り出すのもよいものですが、声楽を静かに流しながら窓辺で一杯やるのも一興。

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     安徽省黄山(亭主撮影)

さて先日、《ロセッティ :モーツァルトのためのレクイエム》なるCDが届きました。井上太郎『レクィエムの歴史-死と音楽との対話』(平凡社、1999)等でその存在は知っていましたが、実際に耳にするのは初めて。それもそのはず、当盤が “世界初録音” だそうで。

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[ARS PRODUKTION:ARS38095] SACD

アントニオ・ロセッティ:
レクイエム 変ホ長調(独唱、合唱と管弦楽のための) H15[プラハ版]
交響曲 変ホ長調 A23
グラドゥアーレ「私の所へ来なさい、皆よ」 H24
グラドゥアーレ「地上のすべての国々は見た」 H25
サルヴェ・レジナ 変ホ長調 F85
賛歌「イエス、最強の王」 H31
 ヨハネス・メーズス指揮
 カメラータ・フィラルモニカ・ボヘミア
 ラ・ジョイア/プラハ・シンガーズ他

 録音:2008年8月、プラハ、聖ミクラーシュ教会


1991年12月5日、モーツァルト逝去。それから10日も経たない12月14日、モーツァルトが愛し、モーツァルトを愛したプラハで盛大な追悼式が開かれました。そのときに演奏されたのがボヘミアの作曲家アントニオ・ロセッティ(1750-1792)の《レクイエム》です。式場となった聖ミクラーシュ教会には四千人が集まったといいます。

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     旧市街広場から聖ミクラーシュ教会(ニコラス教会)を望む
     バロック様式が美しい(亭主撮影、2006)

当日、エステート劇場(!)のヨセフ・ストローバッハが指揮したこのレクイエムは、実際には追悼式のための新作ではなく(ウィーンでの死を知って一週間ではねぇ…)、ストローバッハの友人であったロセッティがエッティンゲン・ヴァラーシュタイン公クラフト・エルンスト夫人の葬儀(1776年)のために書いたレクイエムを改作したものであることが1991年になってわかったのです。このいわばプラハ版は、ベネディクトゥス、アニュス・デイが補作されたのですが、補作者については不明だそうです。

補作部分は両者で5分程度、といってもレクイエム全体で演奏時間25分にもなりません。変ホ長調ということで、明朗に終始し劇的な展開があるわけでもありません。唯一、イントロイトゥスの「Te decet hymnus Deus in Sion(神よ、シオンで賛歌を献げるのは、あなたにふさわしい)」が短調で進むくらいで、続誦のディエス・イレなんぞはまるでサンクトゥスのごとし。

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     ホルン協奏曲が有名なロセッティ

かように曲自体はさほどのことはないのですが、まあ、いにしえプラハ市民のモーツァルトへの愛に想いをいたすべし……、といったところでしょうか。メーズス指揮の演奏は立派。ロセッティの他の珍しい作品がSACDで聴けるのもうれしいです。そうそう、忘れてならないのは当盤の録音会場こそ追悼式の舞台となった聖ミクラーシュ教会ということですね(CDジャケットも)。

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     教会のほど近く、モーツァルトが愛したプラハ・エステート劇場(亭主撮影)
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         プラハの土産屋にて(亭主撮影)

ところで、井上氏の前書にもまったく言及されていないボヘミアのレクイエムが2曲あります。ひとつはモーツァルトの先輩ヤン・ザッハ、いまひとつはモーツァルトの後輩ヤン・ヴァーツラフ・トマーシェクの作品です。ボヘミアのレクイエムといえば、古くはアダム・ミフナ(1600?-1676)や近年とみに評価の高いヤン・ディスマス・ゼレンカ(1679-1745)、モーツァルトの後では木管室内楽で鳴らしたアントニン・レイハ[ライヒャ](1770-1836)の作品が知られるところですが、まだあるものですね。

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     ミフナ、ゼレンカ、レイハのレクイエム

前者は特に知られていない珍曲だと思われますが、最近になってチェコ製の音盤が存在することがわかり入手してみました。

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[Radio Servis:CR0190]
ヤン・ザッハ:
レクイエム ハ短調
 パヴェル・クーン指揮
 プラハの室内管弦楽団・合唱団(? 録音用臨時編成のオケか…)

 録音:1996年頃


ヤン・ザッハ(1699-1773)はプラハ近郊に生まれた作曲家でオルガン、ヴァイオリンの名手でもありました。活躍した年代からも分かるように、バロックと古典の様式をふたつながら能くしたようです。1724年にプラハに移り、数々の教会でヴァイオリン、オルガン奏者として活動しました。1737年にはプラハ城内に屹立する、かの聖ヴィート大聖堂オルガニストの座を争ったそうですが、成功しませんでした。その後、アウグスブルク、イタリア、チロルなどを経巡りつつ、ときにはマインツ選帝侯の宮廷楽長の地位にいたこともあったのですが、その性格が禍してか長く一箇処にとどまることはなかったようです。

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     いかにも気難しげなザッハ

そんな彼には3曲ものレクイエムがあるそうで、上掲音盤はそのうちの一曲、18世紀、ボヘミア中に写譜で広まっていたというハ短調のレクイエムです。旅の空が長かったせいでしょうか、作曲年代は不明です。基本的にはバロック様式で書かれていますが、トゥーバ・ミルムなどソロ管楽器が活躍するところもあり聴き所は案外あります。バロックから古典にかけて、過渡期の “レクイエム史” を探る上で重要な作品ではないでしょうか。

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     プラハ城内の聖ヴィート教会、尖塔から市街を望む(亭主撮影)
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          プラハ城からの眺望、左奥に聖ミクラーシュ教会がある(亭主撮影)

続いて後者のレクイエムはなかなかの大曲です(演奏時間にして約45分)。モーツァルトのレクイエムより30年後の作品です。

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[Multisonic:310395]
ヤン・ヴァーツラフ・トマーシェク:
レクイエム ハ短調
 ボフミル・クリンスキー指揮
 プラハ・フィルハーモニー管弦楽団
 クーン混声合唱団、他

 録音:1997年6月25日、ライヴ、聖ミクラーシュ教会


ヤン・ヴァーツラフ・トマーシェク(1774-1850)は、その筋ではかなり知られたボヘミアの作曲家です。プラハの楽壇で活躍した彼は、当時最も高名な教師として多くの後学を育成しました。著名な評論家のエドゥアルト・ハンスリックも弟子のひとりであり、「ベートーヴェンに匹敵する存在はトマーシェクである」と語ったといいます。

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1820年作曲になる彼のレクイエムは、現ウースチー州イルコフ近郊の村で起きた大洪水の犠牲者追悼のために作曲されたものです。作曲年代からも推されるように、量産された “紋切り型レクイエム” とは一線を劃する作品に仕上がっており、続誦Seqentiaを筆頭に充実した楽想、構成になっています。

演奏は当盤以外にないようですが、今後より優れた録音が生まれることを望みましょう。

なお、当盤のライヴ録音も聖ミクラーシュ教会でおこなわれており、プロデューサーはパヴェル・クーン氏……うん? この名前は……そう、先ほどザッハのレクイエムを指揮していた御仁です。この合唱もクーン混声合唱団なんて名乗っていますし、プラハ合唱界では有名な方なのかもしれません。両曲とも唯一の録音と思われ、クーンさんはボヘミアの知られざる宗教曲を発掘紹介することを任とされているのかもね。

如上3曲のレクイエムを聴いたのち、あらためてモーツァルトのレクイエムを聴くと、未完であり、かつ補作がどうのこうのと問題が多々あっても、そこはやはりモーツァルトであることよ……と独りごちせる亭主でありました。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2011/08/08(月) 10:27:16|
  2. 宗教曲

新譜《レクイエム》あれこれ

          新譜 《レクイエム》 あれこれ
          附・「モーツァルトの 《レクイエム》 ―その成立と版問題」


天譴を超えた大震災から幾ばくか経ちました。いまだ“揺れ残し”と“目に見えぬ光線”とにおののきながらも前へ、ときに横へと歩んでおります。

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さて、このところ不思議とモーツァルト《レクイエム》の新譜や再発が相次ぎ、亭主の手元に集まってまいりました。架蔵のモツレクも150種を超えているでしょう。今回はそれらから一部をごくごく簡略に紹介し、鎮魂鎮安の一助といたしましょう。

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[Avi Music:4260085531479] バイヤー版

・大ミサ曲 ハ短調 K.427
・レクイエム ニ短調 K.626

 インゲボルク・シェラー指揮
 ヨハン・クリスチャン・バッハ・アカデミー(ピリオド楽器)
 ケルナー・カントライ(フォルカー・ヘンプフリング合唱指揮)
 ガブリエーレ・ヒールダイス(S)
 アリソン・ブラウナー(Ms)
 マークス・ウルマン(T)
 マルクス・フォルペルト(Br)

  録音:2006年3月25日、リンブルク大聖堂、ライヴ録音


これは新譜といっても昨年の発売、それでも久々のバイヤー版登場。どこか覚えのあるオケだなあ、と音盤棚をあさることひとしきり……、ありました、かつて「文質彬彬(10)教会ソナタ〈全曲〉~亭主推薦盤12選(その2)」のなかで紹介したヨハネス・ゲッフェルト(Org)盤[FERMATE:FER20015](1994年)がJ.C.バッハ・アカデミー演奏だったのですね。そのときの評は「さほど個性的演奏ではない」でした。

それから10年以上。シェラー女史の指揮するオケはだいぶ変貌しました。それにしてもあまりに即興・独立的なティンパニがうるさいですね(キリエの最後など。実は亭主、割とティンパニ強打派です)。バイヤー版でこれだから仮に厚塗りのジュスマイヤー版だったら……否、バイヤー版ゆえに発散しているんだろうね。

このピリオド楽器オーケストラ、当録音の翌年に改称し、現在はコンチェルト・コン・アニマとなっています。録音は聖堂ライヴにしては明瞭で美しく、カップリングはうれしい《ハ短調大ミサ曲》。こちらはランドン版による演奏です。

   CONCERTO CON ANIMA(←公式サイト)

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             フランクフルト近郊の街リンブルク・アン・デア・ラーンにある大聖堂。
             ロマネスクとゴシックとの折衷様式ですね。

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[Venezia:CDVE04396] ジュスマイヤー版

・レクイエム 二短調 K.626

 ヴィクトル・ポポフ指揮
 管弦楽団(名称不明)
 スヴェシニコフ記念モスクワ国立合唱学校少年合唱団
 アンドレイ・アゾフスキー(B.S)
 ドミトリー・トゥルクミャンツ(B.A)
 アレクサンドル・ユデンコフ(T)
 レオニード・フェドロフ(Bs)

  録音:1988年、モスクワ


少年合唱、独唱にもボーイ・ソプラノ、ボーイ・アルトを起用した演奏。ウィーン少年合唱団盤(CAPRICCIO等)の他には類例がないかもしれません。録音が陳腐なので、清澄なる少年合唱の佳さがいまひとつ伝わってこないという残念なる音盤。全体に漂う素人っぽさが何とも微笑ましい(?)。

一見したところオーケストラ名表記がありません。どこかに書いてあるかもしれませんが、解説がロシア語オンリーなので……。世にあまたいるらしいレクイエム・マニア(すべての作曲家・演奏者のレクイエムを蒐集する)の方はどうぞ。

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[Alpha:ALPHA178] ジュスマイヤー版(クルレンツィス校訂)

・レクイエム ニ短調 K.626

 テオドール・クルレンツィス指揮
 アンサンブル・ムジカエテルナ(ピリオド楽器)
 ニュー・シベリアン・シンガーズ(ノヴォシビルスク歌劇場合唱団)
 ジモーネ・ケルメス(S)
 ステファニー・ウゼール(A)
 マルクス・ブルッチャー(T)
 アルノー・リシャール(Bs)

  録音:2009年


これまでたくさんのモツレクを聴き、また所有してきました。あまたある版の問題もあり(ジュスマイヤー版・バイヤー版・モーンダー版・ランドン版・ドゥルース版・レヴィン版…)、玉石混淆、諸盤紛糾の様相……あるものは未完部分を積極的に作曲し(レヴィン版)、またあるものは補筆部分を一切削除しフラグメント遺稿のみで演奏(クリストフ・シュペリング盤 OPUS111)。ジュスマイヤー版の地位も下がったり上がったりと、いつまで経っても“レクイエム論争”は静まることをしりません(附論参照)。

しかし、もう手練手管はおおかた出し尽くしたろうと思いきや、またも珍奇なる盤が登場しました。それもなんと、極寒の地シベリアのノヴォシビルスク(“新しいシベリアの街”、の意)から。

異能集団アンサンブル・ムジカエテルナとニュー・シベリアン・シンガーズとを率いるのは、ギリシャ人指揮者のテオドール・クルレンツィス。例の、ショスタコーヴィチ交響曲第14番op.135《死者の歌》をピリオド楽器で演奏してしまった音盤[ALPHA159]がその筋で話題となった指揮者ですね。1969年作曲の交響曲ですよ。当盤を聴く前からすでにキワモノ臭芬々ですなあ。

   Teodor Currentzis (←なかなかに妖しげな公式サイト)

コントラストのきつい、速めの演奏ながら弦が6・4・4・4・2という低音部重視の編成なので、不思議な重量感があります。下述の手管とあいまって、スペインのサヴァール盤(後述)以上に土俗的な雰囲気を醸しています。洗練された西方教会風と対極にあるという意味です。

時折、コル・レーニョ奏法(coll’arco al roverscio)らしき乾いた打音が聞こえます。いったい何させているのかね(ディエス・イレ等顕著)。これは弓の木の部分で弦を叩く奏法で、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番K.219で“トルコ風”の効果を大いにあげるのに指示されている周知の奏法です。

曲は進み、続誦(Seqentia)の最終盤「涙の日」(Lacrimosa)がアーーメン~~とともに終わらんとするや、納舞の巫女がごとき鈴の音がシャラン~シャラン~~ おいおい、とスピーカーにツッコむ亭主。

そして突如始まるアーメン・フーガ。これはモーンダー版を嚆矢にレヴィン版、ドゥルース版で採用されているモーツァルトによる草稿、すなわち、続誦を締め括るアーメンのために、モーツァルトが生前フーガの構想を抱いていたことがわかる16小節のスケッチ(ベルリン図書館でヴォルフガング・プラートにより発見)、それを補筆せぬまま後続させ、ぷっつり終了……また鈴の音シャラン~~

クルレンツィスはギリシャ人ですので、これはおそらくギリシャ正教会のミサ儀式、ビザンティン聖歌でよく用いられる手鈴を採り入れたのでしょうね。かなり蛇足に思われますが、いずれにせよ異教的演奏により効果を与える役割は果たしております。

   The Akathist Hymn/Ave Maria by Constantine Zorbas (←アテネ聖パンテレイモン聖堂の奉神礼)

そういえば、独唱ソプラノであるジモーネ・ケルメスの、なんとも素っ気ない歌いぶりがかえって不気味な巫祝(シャーマン)を思わせるかも。何度も聴きたくない盤ではありますが、ぜひ御一聴を。

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[La Bottega Discantica:DISCANTICA236] ジュスマイヤー版

・レクイエム ニ短調 K.626
・《アヴェ・ヴェルム・コルプス》 K.618

 ファビオ・チョフィーニ指揮
 アッカデーミア・ヘルマンス(ピリオド楽器)
 コーロ・カンティクム・ノーヴム・ディ・ソロメオ
 マリネッラ・ペンニッキ(S)
 グロリア・バンディテッリ(Ms)
 ミルコ・グァダニーニ(T)
 セルジョ・フォレスティ(Bs)

  2010年7月、ソロメオ(イタリア、ペルージャ県)、聖バルトロメオ教会


これはピリオド楽器による最新録音でしょう。時代鍵盤楽器奏者として知られるイタリア人ファビオ・チョフィーニが率いるのは、2000年創設のアッカデーミア・ヘルマンス。何とあのエンリコ・ガッティがコンサート・マスターを務めております。ARCANAレーベルにモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ集(マンハイム・ソナタ6曲)を入れている彼ですね。

   Fabio Ciofini (←チョフィーニの公式サイト)

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先に聴いたのが前掲盤だったためか、あまりにフツウに聞こえ拍子抜け。いやいやこちらが真っ当な演奏なのです。ガッティのソナタ集同様、奇を衒わない佳演であります。

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[Alia Vox:AVSA9880] ジュスマイヤー版 SACD

・フリーメーソンのための葬送音楽 ハ短調 K.477
・レクイエム ニ短調 K.626

 ジョルディ・サヴァール指揮
 ル・コンセール・デ・ナシオン(ピリオド楽器)
 ラ・カペッラ・レイアル・デ・カタルーニャ
 モンセラート・フィゲーラス(S)
 クラウディア・シューベルト(A)
 ゲルト・テュルク(T)
 ステファン・シュレッケンベルガー(Bs)

  録音:1991年8月、アルザス県ゲブウィレル、ドミニコ会教会、ライヴ録音


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これは新譜ではなく、いわずと知れたサヴァール盤(初発売はASTREE)の再発です。自身創設の優良レーベル、アリア・ヴォックスからSACDで登場。確かに音質向上しています。さすがに旧盤もアストレだけあって、ライヴながら腰のある良い録音でしたが、今回は旧盤の前へ出るキツさがとれ、合唱に奥行きと透明感が加わり、教会の空間が美しい残響とともに聴きとれるようになりました(上品すぎるかも)。

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           サヴァール旧盤(ASTREE)

独唱のフィゲーラスはやはりいいですね。独特の節回しに魅了されます。サヴァール盤愛聴かつSACDプレーヤー使用の方は買い直してもよいでしょう。

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[Koch:KICCD7685] ジュスマイヤー版(「ラクリモサ」ルネ・シファー補筆)

・レクイエム ニ短調 K.626

 ジャネット・ソレル指揮
 アポロズ・ファイア(ピリオド楽器)
 アポロズ・シンガーズ他

  録音:2002年4月26日、クリーブランド、ライヴ録音


こちらも新譜というほどではありませんが(2008年発売)、ついでに御紹介。最近、下掲の新譜でなかなかに聴かせてくれたアポロズ・ファイアの演奏です。

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     [Avie:AV2159]
     ・交響曲第40番 ト短調 K.550
     ・《ルチオ・シッラ》K.135~アリア
     ・《イドメネオ》のためのバレエ音楽 K.367
     ・コントルダンス K.123、K.462
     ・メヌエット・カンタービレ K.463

      ジャネット・ソレル指揮
      アポロズ・ファイア(ピリオド楽器)
      アマンダ・フォーサイス(S)
       録音:2008年4月


ジャネット・ソレル女史(ノリントンやレオンハルトにも師事)率いるアポロズ・ファイアは1992年創設のピリオド楽器オーケストラ。“過剰に過ぎる”(あえて馬から落馬しますが…)演奏が増えるなか、久々にピリオド楽器による佳いト短調シンフォニーを聴かせてくれたので(バレイ音楽や余録のコントルダンスが非常によい。殊に隠れた珠玉K.123をとりあげるとは!)、さかのぼって10年前の《レクイエム》を聴き直してみたのですが、こちらはさほどにあらず(悪くはありませんが)。成長したのですね、アポロズ・ファイア。AVIレーベルの録音は亭主の好みなので、今後も録音が継続してくれるとうれしいです。

    Apollo’s Fire (←公式サイト)

     apollosfire.jpg

そうそう、すっかり忘れていたのですが、ジュスマイヤー版使用の当盤は「ラクリモサ(涙の日)」に新たな修正を施しております。未完の9小節目以降はルネ・シファーによる補筆。ジュスマイヤー作曲部分は、彼オリジナルとされるサンクトゥス、ベネディクトゥスとともにすべて削除されています。オケのメンバー表を見て気づきましたが、実はシファーさん、アポロズ・ファイアの首席チェロ奏者です。

以上、最近目についた《レクイエム》について新譜を中心に簡介いたしました。

最後にモーツァルトの《レクイエム》について、その作曲の経緯や版問題を先行研究をもとに簡単にまとめておきましょう。なお、取り急ぎ15年以上前の旧拙稿に拠るためヴァド版までの言及にとどまること御寛恕願います。

      モーツァルトの《レクイエム》―その成立と版問題

Dilettante、好事家が芸術に果たした貢献多大なるものがあった時代、それがモーツァルトの生きた18世紀である。

ニーダー・エーステルライヒ州南部の古城に居を構えたある伯爵も、そんな音楽愛好家の典型である。その名をフランツ・フォン・ヴァルゼック=シュトゥパハ(Franz von Walsegg-Stuppach,1763-1827)という。自身、フルート、チェロ、チェンバロをよくする音楽家であり、確かに当時の音楽文化に僅かながらも寄与していたに違いないが、彼の名を音楽史上に留めることになった最大の、否唯一の理由は、彼の“嗜好”によって人類がモーツァルトの絶筆、《レクイエム》を享受し得たことによる。

1791年2月14日、アンナ伯爵夫人死亡。伯爵は、その追悼に《レクイエム》を捧げることを思い立ち、白羽の矢をモーツァルトに立てることとなる。しかし、彼の嗜好はモーツァルトに、注文主である自身の名を告げることを許さなかったのである。世評のある作曲家に作品を注文し自ら写譜、それを自作と称して演奏する、これが彼の趣味であったのだ。故に、注文は使者により匿名でおこなわれた。「灰色の服をまとった見知らぬ男」とモーツァルトが書き記した人物により、「死者のためのミサ曲」が注文されたことは、既に健康芳しからざる状況に陥っていたモーツァルトをして、ひどく困惑させ動揺させたことは想像に難くない。

「敬愛する貴下。あなたのお申し出に喜んで従いたいのですが、しかし、私にそれがどうしてできるのでしょうか。私の頭は混乱しています。お話しするのもやっとのことなのです。あの見知らぬ男の姿が、目の前から追い払えないのです。懇願し、せき立て、せっかちにも私に仕事を求める彼の姿が、絶えず目から離れないのです。私も作曲は続けています。休んでいるよりもその方が疲れないのです。それ以外に恐れるものとてありません。私にはもう、最後の時が鳴っているように思われます。私は、自分の才能を十二分に楽しむ前に終わりにたどり着いてしまいました。しかし、人生の何と美しかったことか。生涯は幸福の前兆の下に始まりました。とはいえ、人は自分の運命を変えることはできません。人は誰も自分で生涯を割り振ることはできないのです。摂理ののぞむことが行われるのを甘受せねばなりません。もう、筆を擱きます。これは私の葬送の歌です。未完のまま残しておくわけにはいきません。 ウィーン、1791年9月」(ロレンツォ・ダ・ポンテ宛?)

1791年12月5日午前零時55分、モーツァルトはウィーン・シュテファン大聖堂傍らの970番地、ラウエンシュタインガッセ“小さなカイザーハウス”にて35歳という短い生涯を終えたのであった。大聖堂の過去帳には「急性粟粒疹熱(Hitziges Frieselfieber)」と無難に記されたが、最後の症状は、手足の腫瘍・急激な嘔吐であり、死の2時間前まで意識は完全であった。意識不明に陥った後も、あたかも《レクイエム》のティンパニ・パートを伝えるべく口を動かしていたと伝えられる(妻コンスタンツェの妹ゾフィー・ハイベルの手紙。尿毒症特有の痙攣運動ではないかといわれる)。病名に関しては、様々な見解が出されているが、現在に至るまで確定していない。更に、病死ではなく毒殺されたのではとの説が、早くも同月下旬、ベルリンの音楽誌に掲載され、この説は宮廷楽長アントニオ・サリエリ(Antonio Salieri,1750-1825)による毒殺説、フリーメイスンによる暗殺説などと相まって、今日なお議論され、諸説紛々、未だ定まるところがない。

モーツァルトは逝った。その悲しみ冷めやらぬ中、妻コンスタンツェ(Könstanze Weber,1762-1842)はトルソーに終わった《レクイエム》を完成させるべく行動に出る。彼女は、生前に「キリエ」のオーケストレーションを手伝ったとされるフライシュテットラー(Franz Jakob Freystädler,1768-1841)ではなく、後にサリエリの後任として宮廷楽長に就任する弟子、ヨーゼフ・アイブラー(Jeseph Leopold Eybler,1765-1846)に補完を依頼するが、それは同月21日のことであった。しかし、彼は自分には荷が重すぎると判断したのであろう、「ディエス・イレ」以降の続誦の部分的補筆と第8小節で終わっていた「ラクリモサ」にソプラノ声部を2小節書き足しただけで、この仕事を放棄してしまった。その後コンスタンツェは何人かの作曲家に打診したらしいが、何れも辞退され、最終的にモーツァルト最晩年の弟子で、当時25歳のフランツ・クサーヴァー・ジュスマイヤー(Franz Xaver Süssmayer,1766-1803)に委ねられたのであった。

《皇帝ティトゥスの慈悲》のレチタティーボを手伝い、死の床にあった師匠とともに《レクイエム》の完成パートを演奏し、しばしば死後の作曲上の処理について口頭指示を受けていたともされるジュスマイヤーを、何故コンスタンツェが最終手段としか見なさなかったのか、まことに不可解であるが、生前モーツァルトが彼を余り評価していなかったらしいことは、残された手紙のいくつかから間接的に窺われる。何れにせよ、未完に終わりながら、一般に“モーツァルトの《レクイエム》”として出版され、200年近く演奏され続け、更に1965年、「新モーツァルト全集」に“伝統的となった形による”と注記されつつ決定稿として採用されたこの曲の大部分を補作したのが、彼ジュスマイヤーであることは確実である。

近年、自筆稿の研究法が確立したことにより明らかになった、彼の補完作業を要約すれば次の通りである。「キリエ」のティンパニとトランペット・パートの補筆、続誦の「ラクリモサ」第8小節までと奉献誦のオーケストレーション、そして「ラクリモサ」第9小節目以降と「サンクトゥス」「ベネディクトゥス」「アニュス・デイ」の作曲、更に終曲「コンムニオ」に初めの「イントロイトゥス」(19小節目以降)と「キリエ」の音楽を転用して全曲を完成する。この仕事は翌年の半ばまでに終えられている。彼は、続誦と奉献誦の補完にあたり、新たにモーツァルトの未完スコアを筆写した。それは、モーツァルト直筆のスコアには、既にアイブラーが幾ばくかの補筆を直接おこなっていたからである。こうして完成したフル・スコア、すなわち現在オーストリア国立図書館所蔵の手稿譜(Cod.17・561a)こそ、今日ジュスマイヤー版とされるモーツァルトの《レクイエム》の原典なのである。

この手稿譜は、依頼主ヴァルゼック伯爵に手渡された。伯爵は、その趣味を存分に発揮して、自身で筆写後、“ヴァルゼック伯爵作曲のレクイエム”と銘打ち、ヴィーナー・ノイシュタットのノイクロスター教会で挙行された亡き夫人の追悼ミサの中で演奏した。1793年12月14日のことである。しかし、これより先に2種の筆写譜が作成されており、ひとつは1792年中に、モーツァルト・サークル(有力メンバーとしてマクシミリアン・シュタードラー神父がいる)によって演奏されたのに使用され、いまひとつはライプツィヒの出版社、ブライトコップフ・ウント・ヘルテル用に使われ、これは1800年に出版された。

こうして広まったジュスマイヤー補完版は、既述の通り、一般に“モーツァルトの《レクイエム》”として受け入れられるのである。ところが、初版刊行以来、この補筆に関して厳しい批判が相次いで起こり、これより以後現在に至るまで長い“レクイエム論争”が繰り広げられることとなる。それは近代になっては、補筆行為そのものというより、補筆の拙劣さに対する不満であった。ジュスマイヤーが、機械的に声部に管楽器を重ね(後述ワルターのいう「紋切り型のオーケストレーション」)、主旋律に3度を纏わせて徒に甘美に響かせている点や、更に、平行5度・平行8度といった弁解の余地のない作曲技術上の誤謬による響きの汚濁、これらに対する批判は、リヒャルト・シュトラウス(Richard Strauss,1864-1949)やブルーノ・ワルター(Bruno Walter,1876-1962)といった現場の指揮者からも噴出した。それでもこの曲を愛したワルターは、トロンボーンや他のコラ・パルテ楽器(合唱声部に重ねて演奏する楽器)を合唱総奏時に抑制するなど便宜的な方法により《レクイエム》を演奏し続けたのである(現在、正規盤も含めて5種もの録音が確認されている)。

このような状況下、漸く1971年になって、ミュンヘン音楽大学教授でヴィオラ奏者(コレギウム・アウレウムでも活躍した)のフランツ・バイヤーによる改訂版がオイレンブルクから刊行されるに至ったのである(Instrumentation F.Beyer Adliswil & Zürich:Edition Eulenburg,1971)。このバイヤー版の基本的態度は、ジュスマイヤーの補筆において、音楽理論上・様式上・技術上、非モーツァルト的といわざるを得ない特徴や誤謬を排除し、その上で真正モーツァルトの後期様式を纏わせることである。この浄化作業によって、管楽器の使用は大幅に抑えられ、響きも鈍重ではなくなっている。しかし、全体の構造には手をつけない方針をとったので、結果、ジュスマイヤー作曲の「サンクトゥス」「ベネディクトゥス」「アニュス・デイ」も修正を加えた上で残されたのである。

これに対し、モーンダー版の立場はもっと革新的である。イギリスの音楽学者で、ケンブリッジ大学クライスツ・カレッジ客員教授のリチャード・モーンダーにより発表されたこの版は、完全にジュスマイヤー版を否定する形で成立している(ed.R.Maunder Oxford and New York:Oxford University Press,1988)。出版に先立つ5年前、クリストファー・ホグウッド指揮によって録音され、この徹底した版はまず耳に衝撃を与えたものであった。彼が信じたものは弟子などではなく、ひたすらにモーツァルト自身なのである。従って、当然のごとく「サンクトゥス」「ベネディクトゥス」はまったく除去された。逆に「アニュス・デイ」は、ジュスマイヤーが自作であると証言しているのを覆し、モーツァルトの意思がかなり反映されているものと見なし、修正を施した上で残された。更に、この版における重要な改訂は、絶筆「ラクリモサ」の大がかりな処理である。既述の通り、この章の第9小節以降はジュスマイヤーの補筆であるから、そこは全て除き、代わって「イントロイトゥス」のテーマを用いて新たに作曲し補填している。そしてこの「ラクリモサ」の最後、すなわち続誦を締め括る「アーメン」のために、モーツァルトが生前フーガの構想を抱いていたことが、近年ベルリン図書館からヴォルフガング・プラートによって発見された16小節のスケッチから明らかとなり、この版ではその意思を汲み取って、復活させているのである。ただし、17小節目以降は、モーツァルトの《自動オルガンのための幻想曲》K.608を参考にしてモーンダーにより作曲され補われている。

このように多かれ少なかれジュスマイヤー版を否定する立場で臨んだ上掲版に対し、新たな版が現れた。それがハイドン、モーツァルト研究の権威、ロビンズ・ランドンによる改訂版である(arr.Joseph Eybler and Franz Xaver Süssmayr,completed and ed.H.C.Robbins London Leipzig:Breitkopf & Härtel,1992)。このランドン版の立場は、文句をいわれながらも、とにかく200年間演奏され愛好されてきたジュスマイヤー版の価値を肯定しようとするものである。ただし、何故かジュスマイヤーによって採用されなかった、当初の補筆者アイブラーによる補作の優位を認め、それを全面的に復活させているのである。これにより、「ラクリモサ」を除く続誦部全てにわたってアイブラーの補筆がランドン補完の下採用されたのである。ランドンによれば、「知識という点では20世紀の学者の方が確実に優れているだろうが、モーツァルトが書き残したものを基礎に曲を完成させるという作業には、彼と同時代に生きたフライシュテットラー、アイブラー、ジュスマイヤーという3人の音楽家の方がより適しているのではないかと、私たちは信じている」(ランドン版使用のロイ・グットマン盤へのライナー・ノート、1990年)ということである。

この見解は、明らかにジュスマイヤー版復活の狼煙をいち早く掲げたエリック・スミス(音楽学者でフィリップスのプロデューサー)に呼応している。スミスは、昨今の改訂版流行のただ中、オリジナル楽器使用のオーケストラ、イングリッシュ・バロック・ソロイスツを率いるジョン・エリオット・ガーディナーと組んで、敢えてジュスマイヤー版を用いて《レクイエム》の録音を行ったのである(1986年)。この出来事は、恐らくは企画者たちの狙い通り却って注目される結果となり、バイヤー版、そしてモーンダー版の出現により“レクイエム論争”にもそろそろ終止符を打つことができるかもしれないなどと高をくくっていた学者連中に冷水を浴びせるくらいの効果はあったであろう。スミスはいう、「昨今では、ジュスマイヤーの誤りを正そうという研究家に事欠かない。ある者はジュスマイヤーが作曲した楽章には手を触れずに、モーツァルトに補作した部分にあるエラーを訂正することで満足する。そうかと思うと、ジュスマイヤーの書いた部分を全て取り去ってしまい、自分で新たに作曲し直す者もいる。そうなると、これまで特に褒められもしなかったジュスマイヤーの良さに突然、黄金の光が差し込むのである。……確かに彼はモーツァルトではなかった。しかし彼は1791年のウィーンでモーツァルトの傍らにいた作曲家であった。それは今日の研究家が逆立ちしても届かない彼の優位である」(ガーディナー盤へのライナー・ノート、1986年)。こうした考えを最大限に取り入れた新版がランドン版なのである。

これとほぼ時を同じくして発表されたレヴィン版は、だいぶ様相を異にしている(arr.and completed R.D.Levin Hanssler Musik-Verlag,1993)。モーツァルトのクラヴィーア協奏曲をフォルテ・ピアノで演奏するなど、演奏家としても活躍しているロバート・レヴィン(協奏交響曲K.297bの改訂でも著名)は、1987年に国際バッハ・アカデミー(ヘルムート・リリンク主宰)から1991年の《レクイエム》作曲200年記念演奏会のために新たな《レクイエム》改訂版を依頼されるのである(初演は、1991年8月24日、リリンク指揮よって行われ、同年録音もされた)。こうして完成したレヴィン版の基本的立場は、自身によると「この《レクイエム》の200年の長い歴史を尊重しながら、ジュスマイヤー版における楽器法上・規則上・構造上の問題に目を向けようとしたものである。モーツァルトの自筆によるもの以外はすべてまがいものと見なす、といった割り切った考え方はきっぱりと退けた。目的は、改訂の手を可能な限り多く入れようとするのではなく、むしろそれを最小限に抑えることにあり、……伝えられてきた補筆は、それが語法的にモーツァルトの慣習に一致する限り、そのまま残されている」(マーティン・パールマン盤へのライナー・ノート、1994年)というものである。

ところが、実際聴いてみるとバイヤー版・モーンダー版以上に改訂されている印象を受けるのである。ジュスマイヤー作曲の「サンクトゥス」「ベネディクトゥス」など、これで改訂の手を「最小限に抑えている」とは到底思えない。これは、バイヤー版が、ジュスマイヤーの骨格を残した上で、作曲上の誤謬のみを訂正したのに対し、レヴィン版は、ジュスマイヤーのフレーズを借用しつつ、モーツァルト的に作曲し直すという高度な技に挑んだ結果であるように思える。実際、続誦の「ディエス・イレ」「トゥーバ・ミルム」なども、これまで音を減らすことに重点が置かれていたバイヤー版・モーンダー版に比して、ずっと“積極的に作曲”されている。「ラクリモサ」は、モーンダー版とは違い、ジュスマイヤーの補筆に最後まで準拠しつつ新発見の「アーメン・フーガ」に移行させるのである(フーガは88小節)。何れにせよ、モーツァルト様式の即興演奏にも長けたレヴィンの才気溢れる改訂版とはいえよう。

同じく断片補作家としても知られる、イギリスの作曲家・ヴァイオリニスト、ダンカン・ドゥルース(Duncan Druce)が、ヨークシャー・バッハ・クワイアーの委嘱により作った版がある(1984年初演)。このドゥルース版のコンセプトは、「モーツァルトに合わせて何とかするというよりも、彼の様式・手法にかなり通じた同時代18世紀の有能な作曲家になったつもりで作曲した」(ノリントン盤に付されたドゥルース自身のコメント。彼自身がロンドン・クラシカル・プレイヤーズの一員としてこの1991年の録音に参加している)というもので、要するに音楽学的な校訂というより作曲に近いものということになる。それでも「ラクリモサ」の第9小節目以降にアイブラーの2小節を復活させ、「アーメン・フーガ」を採用するなどの処理はおこなっている(フーガは127小節)。しかし、全体的に成功しているとは言い難い版である。

近年、デンマークのオルガニスト・指揮者のクヌド・ヴァド(Knud Vad)により新たな改訂版が録音の形で発表された(デンマーク:クラシコ、1999年録音)。ヴァド版といえるものだが、実際はジュスマイヤー版を基礎に、ヴァドが簡単な手を入れているだけのものであり、耳で聞く限り大きな変更はないように思われる(楽譜未出版)。ただし、ジュスマイヤー作曲の「サンクトゥス」「ベネディクトゥス」にはかなり手が加えられており、「ホザンナ」部分を二重フーガにするなどの改変が聴かれる。参考程度の版といってよいだろう。

以上、ジュスマイヤー版とそれに対する6つの改訂版について一瞥してきた。改訂版はそれぞれに録音され、その度に話題を振りまいてきた。しかし、近年、トン・コープマン、ジョルディ・サヴァール、フランス・ブリュッヘン、フィリップ・ヘルヴェッヘ、ウイリアム・クリスティなどの、いわゆるオリジナル楽器を使用して当時の歌唱法をも考慮する指揮者が、こぞって欠陥版との汚名があるジュスマイヤー版を選択するのは、いかなる意味があるのであろうか。それこそ、ガーディナーとともにジュスマイヤー版を採択したエリック・スミスの言に集約されているものである。

私たちは、ジュスマイヤー版のもつ真の意味・重要性を理解しないうちから、それを単に作曲技術上のミスというだけで欠陥版として葬り去ろうとはしていないだろうか。確かに補完したジュスマイヤーはモーツァルトではないし、その作曲技術も比較にならないほど劣ってはいる。しかし彼は、1791年のウィーンで、師モーツァルトの死の直前まで付き添っていたこともまた事実なのである。これは、スミスもいうように「今日の研究家が逆立ちしても届かない彼の優位」なのだ。そしてこの誤謬だらけのジュスマイヤー版が、19世紀ロマン派時代から20世紀を通して堂々と生き抜き、聴く者の魂を揺さぶってきたのである。あるがままの姿を尊重する、この至極当然の考えに、オーセンティシティを希求する指揮者たちが気付いたのではないだろうか。最後に我が国のモーツァルト研究の権威、海老澤敏の言を引用しておこう。

「《レクイエム》は、ただたんにモーツァルトの作品にとどまるものではなく、またジュスマイヤーのものでもあるのである。それは共作であり、これが、あるがままの《レクイエム》の理想的な形を体現している。この功績、すなわちジュスマイヤーによる完成は、誰によっても変えることのできない唯一無二の事績なのだ。したがって、私たちが歴史的事実を尊重するなら、ジュスマイヤーによって曲が完成されたことをそのまま受け入れるべきなのである」(「モーツァルト演奏史の鏡としての『レクイエム』」 『モーツァルトは祭』所収 1994)。

   モーツァルト:《レクイエム》(ジュスマイヤー版)K.626の構成

[凡例]
*1:モーツァルトにより完成。
*2:モーツァルトにより主旋律である合唱パートとバス声部は完成。そこにフライシュテットラーが木管・弦パートをモーツァルトの指示により補い、最終的にジュスマイヤーがトランペット・ティンパニを補作。
*3:モーツァルトにより主旋律である合唱パートとバス声部は完成。その他断片的なオーケストラ部のテーマが書かれている。ジュスマイヤーによりオーケストレーションの補作。
*4:モーツァルトは、この8小節目で絶筆。後半はジュスマイヤーにより創作。モーツァルトが残していた“アーメン”フーガのスケッチは採用せず。
*5:ジュスマイヤーによる創作。
*6:モーツァルトの指示により、ジュスマイヤーがIntroitusの19小節以降とKyrieの音楽を転用。

 Ⅰ.入 祭 文(Introitus)"Requiem aeternam"  *1

 Ⅱ.求 憐 誦(Kyrie) *2

 Ⅲ.続   誦(Sequenz)
  a.怒 り の 日 "Dies irae" *3
  b.奇しきラッパ "Tuba mirum" *3
  c.御威光の大王 "Rex tremendae" *3
  d.憶い出し給え "Recordare" *3
  e.呪われし者ども "Confutatis" *3
  f.涙 の 日 "Lacrimosa" *4

 Ⅳ.奉 献 誦(Offetorium)
  a.主イエス・キリスト "Domine Jesus" *3
  b.犠 牲 と 祈 り "Hostias" *3

 Ⅴ.三 聖 誦(Sanctus) *5

 Ⅵ.祝せられさせ給え(Benedictus) *5

 Ⅶ.神 羊 誦(Agnus Dei) *5

 Ⅷ.聖体拝領誦(Communio)"Lux aeterna" *6

〈編 成〉S,A,T,B(独唱・合唱),2Bassetth,2Fg,2Trp,3Trmb,Timp,2Vn,Va,Vc,Bs,Org
〈初 版〉ブライトコップフ・ウント・ヘルテル、1800年、ライプツィッヒ
〈現行版〉新モーツァルト全集、第Ⅰ編・第1作品群/第2部門、レクイエム・第2分冊(BA4538)、レーオポルト・ノーヴァク校訂による原典版。ザルツブルグ・国際モーツァルテウム財団の発行、ベーレンライター社の出版。

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2011/07/02(土) 14:16:11|
  2. 宗教曲

生きてます

まったく更新していません……ごめんなさい。それでも旧稿を拾ってお便りくださる方がおられて恐縮しつつもうれしい限り。

最近は、御無沙汰していた研究論文を書こうと少しく意気込んでおります。舞台の一つは何と現代の阿蘭陀なので、まったく門外漢の亭主に立ちむかえるのかはなはだ不安ではありますが、ちょっと気張ってみます。

それで、疲れたときに聴いているのは、新着の下盤。録音はけっこう以前のものですけど、昨年再発売されました。

   flute sonatas
   [CHRISTOPHORUS:CHE01512](1982年)
   モーツァルト ~ 初期フルート・ソナタ集 K.10-15
    
    J-C.Gerard (fl)
    Uwe Wegner (p)


モーツァルト、1764年秋、ロンドンでの作曲。御歳8歳!

もとはヴァイオリン・ソナタなんですが、フルートでもいけまっせ、と出版譜に注記されています。ヴァイオリンのオブリガートだとあまりに寂しい、かつ渋過ぎるので、亭主はフルートで聴く方が多いですね (同曲の音盤は10種程あります)。

ロンドン・スケッチブック ” とともに、モーツァルト作品にしては珍しくボーッと聞くには佳い小品群であります。ジェラールとヴェグナーがほのぼのとした演奏を繰り広げており、凝り固まった脳ミソを優しくほぐしてくれますよ……

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2011/02/24(木) 13:09:45|
  2. その他

秋風ぞふく…

                秋風ぞふく…

ただ今ほろ酔い気分で帰宅。今日も一人静かに美味しいお料理とお酒を堪能しました。朝晩はすっかり秋めいてきましたね。

さてもモーツァルトを聴かん、とオーディオに灯をともしたところです。アンプが温まるまで……、とベランダの多肉群を眺めてみれば、猛暑を切りぬけて、日に日に元気をつけつつある株が目立ってきました。

hao02.jpg ちょっと気難しいグラプトペタルム属の 「アメジスチヌム」 (中央)
  まるで砂糖菓子のごとし…
 左はクラッスラ属の 「ルペストリス」。 何とか夏越しできました。
 右はパキフィッツム属の 「紫麗殿」。 寒さとともに紫色に深みが増しました。

hao.jpg
 ハオルシア属の 「光星」 も相変わらず美しく…

さあ、一曲聴いて眠りましょう ―― といってもだいぶ長丁場になりそうです。昨日届いたアダム・フィッシャー指揮によるセリア 《イドメネオ》 を白むまで!

idome.jpg [DACAPO:6220586] SACD・4枚組

   アダム・フィッシャー指揮
   デンマーク放送シンフォニエッタ、他

     2005年録音

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2010/09/30(木) 00:52:06|
  2. その他

御無沙汰です

                 御無沙汰です…

残暑お見舞い申し上げます。すっかり御無沙汰してしまい、「銀蛇亭」 は閉亭したのか、生きているのか……などと多くのお問い合わせ、お叱り、激励 (?) をいただいております。お詫び申し上げます。

相変わらずといえばそれまでですが、年明けから諸事重なり、新年度も殊のほか慌ただしく、かつ春先から南アフリカ産 “多肉植物” の栽培に熱を入れ始めていたもので、すっかり銀蛇亭の方がおろそかになっております。

    ( 「亭主紹介」 欄を少々加筆しました …)

もちろん亭主のモーツァルト熱も冷めておりませんので、新盤は陸続と購入されております。紹介したい音盤やコンサート、まとめたい記事が山ほどあります。

マッケラスが死去したなあ、世界初録音が出たなあ、新発見の曲が録音されたなあ、佳い演奏会だったなあ……等々、上網予告した 「レクイエムのあとさき」 や 「民衆音楽とモーツァルト」 も未掲載のなか、取りあげたい話題には事欠きません。

mackerras2010.jpg マッケラスの新盤にして最後のモーツァルト録音

 時には ? と思わせるマッケラスですが、当盤は感心しました。
 耳につく金管群 (ナチュラルホルンとナチュラルトランペット) の咆哮がクセになります。
 「柔和な響き」「リラックスして聞ける」なぞという愛好家評がありましたが、トンデモナイ!
 通常モードではなく、SACDモードで聴かれることをお薦めします。


[Linn Records:CKD350] SACD
 交響曲第29番 K.201
 交響曲第31番 K.297 《パリ》
 交響曲第31番 K.297 《パリ》 ~ 第2楽章(第2稿)
 交響曲第32番 K.318
 交響曲第35番 K.385 《ハフナー》
 交響曲第36番 K.425 《リンツ》

  チャールズ・マッケラス指揮
  スコットランド室内管弦楽団
   録音:2009年7月


まあ、これまでの銀蛇亭のごとく、テーマ性をもたせて首尾整えた構成にするよりも、当初の目的だった音盤紹介、視聴記にした方が気楽に続けられるのかもしれませんね。最後に栽培中の多肉植物を少々……

taniku01.jpg ベンケイソウ科エケベリア属の寄せ植え

taniku02.jpg ユリ科ハオルシア属の 「青雲の舞」

taniku03.jpg パキフィッツム属の 「月美人」 (左)
 セデベリア属の 「樹氷」 (中)
 エケベリア属の 「古紫」 (右)

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

  1. 2010/08/26(木) 10:45:20|
  2. その他
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プロフィール

KonLon

Author:KonLon
    戊子季春開亭

モーツァルト歴:
     約40年
亭  訓:
   文質彬彬

*記事中の一人称「亭主」とは
  管理人のことです。

  詳しい亭主紹介はこちら

*上掲の画像…
プラハ郊外のベルトラムカ荘にて...一応階段中央に写っています...

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